「はたじるし」の譬喩(ひゆ)を悪用した学会
詭弁(きべん)を弄(ろう)しても学会の衰退(すいたい)の現状が歴然。
前回は御本尊書写等の権能は唯授一人の血脈を稟(う)けられた御法主上人にのみ在(ましま)すことを述べ、いかなる理屈を捏(こ)ねようとも、そこから離れた団体は邪義邪宗の謗法宗団であることの理由を示した。
ハンドプックでは続いて、 「御本尊の本義は、『広宣流布のための御本尊』であって、この御本尊を弘通してきた教団こそ創価学会である」と強弁している。
『日女御前御返事』の
「爰(ここ)に日蓮いかなる不思議にてや候らん、竜樹(りゅうじゅ)・天親(てんじん)等、天台·妙楽等だにも顕はし給はざる大曼荼羅(だいまんだら)を、
末法二百余年の比(ころ)、はじめて法華弘通のはたじるし(旗印)として顕はし奉るなり」(御書 一三八七頁)
の「法華弘通のはたじるし」を曲解し、
もって「広宣流布のための御本尊」だと意義付け、これを弘(ひろ)めた学会こそ御本尊を認定する権能を有するのだ、という理論構築をしたいらしい。
この御文の通釈は「ここに、日蓮はどういう不思議であろうか。正法時代の竜樹・天親等、像法時代の台·妙楽等が顕わすことのなかった本門の本尊を、末
法に入って二百余年の時に、初めて、法華経弘通の旗印として顕わしたのである」ということで、間違った教えの本尊が世の中に数多くあるなかで、法華経による本尊を初めて顕わすのだという、大聖人の宣言なのである。 それを「はたじるし」という警職(ひゆ)をもって示されたものに外ならない。
したがって「広宣流布のための御本尊」などと、御本尊を意義付けするための御文ではないのである。 ハンドブックでは池田の講義を長々と引用するが、全くの的外れであるとだけ言っておこう。
次に、「学会出現以前、当時の日蓮正宗に御本尊流布の実践がなく、本格的な御本尊流布は、牧口初代会長、戸田2代会長から始まったことは歴史の示す通り」
というが、まったくおかしなことを言うではないか。現在まで日蓮正宗があるのは、いかなる時代にあっても僧俗和合しての忍難弘教があったればこそ、である。
学会が日蓮正宗を広めたと言いたいのだろうが、日蓮正宗の教えが真に衆生を救済する力用を存する仏法であるからこそ、広まったのである。 そしてその折伏弘通の大功徳は体験実証と一して現われ、多くの学会員が大御本尊の功徳によって救われることが、平成の初頭まで続いたではないか勘違いしてはいけないのは、創価学会という組織が罪障消滅をさせたのではなく、大御本尊の功徳によって罪障消滅を果たすことができたということである。
さらに、戸田会長は、
「私のいうことを忘れずにいてほしいのは、信心を基調にして、折伏することと、お寺を大事にすることと、御本山へ尽くすことは当たり前のことなんだからね。それが自慢のようになっては、もう、信者としては資格がない」(『戸田城聖全集』第四巻二三七頁)
と、折伏したこと等を自慢してはいけない、と誠められているではないか。なるほど、「信者としては資格が」なくなってしまったから、 破門されたというわけか、納得できる話である。
なお、その宗教に力がなければ広まることはない、という事実は、学会自身が証明してしまった。 破門以前は約八百万世帯 (平成元年)であったが、そこから
平成十七年にわずか増やして八百二十七万世帯としたものの、 以来、約十五年経った現在も世帯数に変化が見られない。実態は減少しているものと見て間違いなかろうが、いずれにしても公称八百世帯という信徒を擁(よう)し、正しい本尊のもと折伏弘通に遭進(まいしん)しているならば、まったく信徒が増加していない、などということはあり得ない。
やはり、本門戒壇の大御本尊と唯授一人の血脈から離れたならば、即身成仏も罪障消滅もなく、命の底から湧き上がる大歓喜などあろうはずがなく、衰退の一途をたどるのみである、との証拠を現在の創価学会が示しているのである。
仏法上の本尊の認定権など有するはずもない創価学会が、勝手に製造する本尊は、悉(ことごと)く 『ニセ本尊』である。 そのようなニセ本尊に手を合わせ、必死に信心すればするほど罪障を積むことになる、と知るべきであろう。
ともあれ、学会ではコロナ禍で会合や座談会が軒並み中止となっている。 洗脳が弱まる今こそ、果敢なる折伏の時である。
(慧妙 令和二年十二月一日)
詭弁(きべん)を弄(ろう)しても学会の衰退(すいたい)の現状が歴然。
前回は御本尊書写等の権能は唯授一人の血脈を稟(う)けられた御法主上人にのみ在(ましま)すことを述べ、いかなる理屈を捏(こ)ねようとも、そこから離れた団体は邪義邪宗の謗法宗団であることの理由を示した。
ハンドプックでは続いて、 「御本尊の本義は、『広宣流布のための御本尊』であって、この御本尊を弘通してきた教団こそ創価学会である」と強弁している。
『日女御前御返事』の
「爰(ここ)に日蓮いかなる不思議にてや候らん、竜樹(りゅうじゅ)・天親(てんじん)等、天台·妙楽等だにも顕はし給はざる大曼荼羅(だいまんだら)を、
末法二百余年の比(ころ)、はじめて法華弘通のはたじるし(旗印)として顕はし奉るなり」(御書 一三八七頁)
の「法華弘通のはたじるし」を曲解し、
もって「広宣流布のための御本尊」だと意義付け、これを弘(ひろ)めた学会こそ御本尊を認定する権能を有するのだ、という理論構築をしたいらしい。
この御文の通釈は「ここに、日蓮はどういう不思議であろうか。正法時代の竜樹・天親等、像法時代の台·妙楽等が顕わすことのなかった本門の本尊を、末
法に入って二百余年の時に、初めて、法華経弘通の旗印として顕わしたのである」ということで、間違った教えの本尊が世の中に数多くあるなかで、法華経による本尊を初めて顕わすのだという、大聖人の宣言なのである。 それを「はたじるし」という警職(ひゆ)をもって示されたものに外ならない。
したがって「広宣流布のための御本尊」などと、御本尊を意義付けするための御文ではないのである。 ハンドブックでは池田の講義を長々と引用するが、全くの的外れであるとだけ言っておこう。
次に、「学会出現以前、当時の日蓮正宗に御本尊流布の実践がなく、本格的な御本尊流布は、牧口初代会長、戸田2代会長から始まったことは歴史の示す通り」
というが、まったくおかしなことを言うではないか。現在まで日蓮正宗があるのは、いかなる時代にあっても僧俗和合しての忍難弘教があったればこそ、である。
学会が日蓮正宗を広めたと言いたいのだろうが、日蓮正宗の教えが真に衆生を救済する力用を存する仏法であるからこそ、広まったのである。 そしてその折伏弘通の大功徳は体験実証と一して現われ、多くの学会員が大御本尊の功徳によって救われることが、平成の初頭まで続いたではないか勘違いしてはいけないのは、創価学会という組織が罪障消滅をさせたのではなく、大御本尊の功徳によって罪障消滅を果たすことができたということである。
さらに、戸田会長は、
「私のいうことを忘れずにいてほしいのは、信心を基調にして、折伏することと、お寺を大事にすることと、御本山へ尽くすことは当たり前のことなんだからね。それが自慢のようになっては、もう、信者としては資格がない」(『戸田城聖全集』第四巻二三七頁)
と、折伏したこと等を自慢してはいけない、と誠められているではないか。なるほど、「信者としては資格が」なくなってしまったから、 破門されたというわけか、納得できる話である。
なお、その宗教に力がなければ広まることはない、という事実は、学会自身が証明してしまった。 破門以前は約八百万世帯 (平成元年)であったが、そこから
平成十七年にわずか増やして八百二十七万世帯としたものの、 以来、約十五年経った現在も世帯数に変化が見られない。実態は減少しているものと見て間違いなかろうが、いずれにしても公称八百世帯という信徒を擁(よう)し、正しい本尊のもと折伏弘通に遭進(まいしん)しているならば、まったく信徒が増加していない、などということはあり得ない。
やはり、本門戒壇の大御本尊と唯授一人の血脈から離れたならば、即身成仏も罪障消滅もなく、命の底から湧き上がる大歓喜などあろうはずがなく、衰退の一途をたどるのみである、との証拠を現在の創価学会が示しているのである。
仏法上の本尊の認定権など有するはずもない創価学会が、勝手に製造する本尊は、悉(ことごと)く 『ニセ本尊』である。 そのようなニセ本尊に手を合わせ、必死に信心すればするほど罪障を積むことになる、と知るべきであろう。
ともあれ、学会ではコロナ禍で会合や座談会が軒並み中止となっている。 洗脳が弱まる今こそ、果敢なる折伏の時である。
(慧妙 令和二年十二月一日)