会館の本尊も会員の偽(ニセ)本尊も、全て宗門に依存(いぞん)
弘安二年の大御本尊を抜(ぬ)きにしたら全てが崩壊(ほうかい)
引き続き原田の教義条項改正についての説明を挙げる。そこには
「大謗法の宗門とは全く無関係」
「広宣流布のための御本尊を学会が認定」
このような見出しが続いている。
原田は先に、本門の本尊について触れたが、今度は、「弘安二年の御本尊を受持の対象としない」理由を挙げている。
「法主詐称 (さしょう) 者の出現によって、永遠に法主が不在となり、宗門のいう法主の血脈なるものも断絶しました。 大石寺はすでに大誘法の地と化し、
世界広宣流布を目指す創価学会とは全く無関係の存在となったのであります。」
今日、学会が称(とな)える三大秘法の「本門の本尊」の定義は、大聖人の御本尊全てが「本門の本尊」であり、弘安二年の本門戒壇の大御本尊のみが随一などではない、
とする原田はこう説明を続ける。
「会則の教義条項にいう『御本尊』とは創価学会が受持の対象として認定した御本尊であり、大謗法の地にある弘安2年の御本尊は受持の対象にはいたしません。」
要は、本門戒壇の大御本尊は、本門の本尊の一つではあっても、随一などではないため、特別ではない。
ましてや謗法の地にある本尊であるから、今後は認めません、というわけだ。
ここで、はっきりさせなければ、いけないことがある。
原田は「大石寺はすでに大謗法の地と化し」と言うが、それはいつからを指すのであろうか。
彼等の言う「法主詐称者の出現」からとするなら、日達上人が御遷化(せんげ)され、日顕上人の御登座を指すのであろうか、その時からのことか。
はたまた、学会を破門した「魂の独立」の時からであろうか。
あるいは、学会は、「大聖人直結」と謳(うた)い、僧宝を日興上人のみであるとし、日目上人已下御歴代上人を僧宝と認めないようだが、日興上人御遷化以降から誇法だとでもいうのだろうか。
学会は会員に対し、これらを明確にすべきであろう。
いずれにしても、彼等の言い分を踏まえるなら、学会と無関係になる以前は「謗法ではなかった」ことになる。
つまりそれは、その時まで血脈も存していた、と必然的に認める事になるのだ。
矛盾(むじゅん)極まりない。
ここで最初の見出しを見直してみる。
「大謗法の宗門とは全く無関係」
だが、実際はどうだろうか。無関係とはロばかり。
本部会館の御本尊は、六十四世日昇上人の御本尊である。
会員への下附も総本山二十六世日寛上人の御本尊を使って造った偽本尊。
いまだに日達上人の御本尊 を受持している会員も多いと聞く。
原田の言う「大謗法の大石寺」に依存しまくりではないか。
さて、日昇上人は、創価学会関西本部の入仏式で
「戒壇の大御本尊の御内証を、帯し奉って不肖日昇六十四世の法主として、御本尊様に信仰をそめておしたため申しあげている御本尊でございまする」
(『聖教新聞』昭和三十年十二月十八日付)
と仰せられている。
この日昇上人の御指南にもあるように、御歴代の御本尊はすべて、弘安二年の大御本尊を根本としておしたためされている。
弘安二年の御本尊を受持の対象としない、大石寺は大謗法で無関係、と断言した以上、いまだに会館の本尊並びに偽本尊など、全て大石寺の御法主上人の御本尊に依存しているという自己矛盾に弁明してみよ。
先日、学会員と電話で話したとき
「本門戒壇の大御本尊が、いっさいの根本である。我々の拝受したてまつる御本尊は、血脈付法の代々の御法主上人のみが、分身散体の法理からおしたためくださる」
と答えてあげた。すると
「そんな馬鹿なこと言ってるから宗門は謗法なんだ」
と怒鳴ってきたので、
この言葉は、あなた方の師匠、池田大作の言葉ですよ。まずは大作を破折してから …」
「バカヤロー」(プチッ)
プー、プー。
学会の教義は誤魔化しの上塗りの連続である。 自らの矛盾すら気付かない重篤(じゅうとく)な会員が多すぎて、哀れでならない。
日寛上人は
「「日興が身に宛て賜(たま)はる所の弘安二年の大本尊は、日目に之を授与す。本門寺に掛け奉るベし』云云。 今四百余年に至る。 他流は皆是れ似せ薬なるべし」(文段七O三頁)
と御教示である。
学会員は、原田の口車に騙(だま) されず、直ちに謗法から目覚め、大良薬たる弘安二年の本門戒壇の大御本尊に帰依すべきである。
(慧妙 令和二年五月一日)
弘安二年の大御本尊を抜(ぬ)きにしたら全てが崩壊(ほうかい)
引き続き原田の教義条項改正についての説明を挙げる。そこには
「大謗法の宗門とは全く無関係」
「広宣流布のための御本尊を学会が認定」
このような見出しが続いている。
原田は先に、本門の本尊について触れたが、今度は、「弘安二年の御本尊を受持の対象としない」理由を挙げている。
「法主詐称 (さしょう) 者の出現によって、永遠に法主が不在となり、宗門のいう法主の血脈なるものも断絶しました。 大石寺はすでに大誘法の地と化し、
世界広宣流布を目指す創価学会とは全く無関係の存在となったのであります。」
今日、学会が称(とな)える三大秘法の「本門の本尊」の定義は、大聖人の御本尊全てが「本門の本尊」であり、弘安二年の本門戒壇の大御本尊のみが随一などではない、
とする原田はこう説明を続ける。
「会則の教義条項にいう『御本尊』とは創価学会が受持の対象として認定した御本尊であり、大謗法の地にある弘安2年の御本尊は受持の対象にはいたしません。」
要は、本門戒壇の大御本尊は、本門の本尊の一つではあっても、随一などではないため、特別ではない。
ましてや謗法の地にある本尊であるから、今後は認めません、というわけだ。
ここで、はっきりさせなければ、いけないことがある。
原田は「大石寺はすでに大謗法の地と化し」と言うが、それはいつからを指すのであろうか。
彼等の言う「法主詐称者の出現」からとするなら、日達上人が御遷化(せんげ)され、日顕上人の御登座を指すのであろうか、その時からのことか。
はたまた、学会を破門した「魂の独立」の時からであろうか。
あるいは、学会は、「大聖人直結」と謳(うた)い、僧宝を日興上人のみであるとし、日目上人已下御歴代上人を僧宝と認めないようだが、日興上人御遷化以降から誇法だとでもいうのだろうか。
学会は会員に対し、これらを明確にすべきであろう。
いずれにしても、彼等の言い分を踏まえるなら、学会と無関係になる以前は「謗法ではなかった」ことになる。
つまりそれは、その時まで血脈も存していた、と必然的に認める事になるのだ。
矛盾(むじゅん)極まりない。
ここで最初の見出しを見直してみる。
「大謗法の宗門とは全く無関係」
だが、実際はどうだろうか。無関係とはロばかり。
本部会館の御本尊は、六十四世日昇上人の御本尊である。
会員への下附も総本山二十六世日寛上人の御本尊を使って造った偽本尊。
いまだに日達上人の御本尊 を受持している会員も多いと聞く。
原田の言う「大謗法の大石寺」に依存しまくりではないか。
さて、日昇上人は、創価学会関西本部の入仏式で
「戒壇の大御本尊の御内証を、帯し奉って不肖日昇六十四世の法主として、御本尊様に信仰をそめておしたため申しあげている御本尊でございまする」
(『聖教新聞』昭和三十年十二月十八日付)
と仰せられている。
この日昇上人の御指南にもあるように、御歴代の御本尊はすべて、弘安二年の大御本尊を根本としておしたためされている。
弘安二年の御本尊を受持の対象としない、大石寺は大謗法で無関係、と断言した以上、いまだに会館の本尊並びに偽本尊など、全て大石寺の御法主上人の御本尊に依存しているという自己矛盾に弁明してみよ。
先日、学会員と電話で話したとき
「本門戒壇の大御本尊が、いっさいの根本である。我々の拝受したてまつる御本尊は、血脈付法の代々の御法主上人のみが、分身散体の法理からおしたためくださる」
と答えてあげた。すると
「そんな馬鹿なこと言ってるから宗門は謗法なんだ」
と怒鳴ってきたので、
この言葉は、あなた方の師匠、池田大作の言葉ですよ。まずは大作を破折してから …」
「バカヤロー」(プチッ)
プー、プー。
学会の教義は誤魔化しの上塗りの連続である。 自らの矛盾すら気付かない重篤(じゅうとく)な会員が多すぎて、哀れでならない。
日寛上人は
「「日興が身に宛て賜(たま)はる所の弘安二年の大本尊は、日目に之を授与す。本門寺に掛け奉るベし』云云。 今四百余年に至る。 他流は皆是れ似せ薬なるべし」(文段七O三頁)
と御教示である。
学会員は、原田の口車に騙(だま) されず、直ちに謗法から目覚め、大良薬たる弘安二年の本門戒壇の大御本尊に帰依すべきである。
(慧妙 令和二年五月一日)