2037年まで生きることが決まっている」と自ら予言しておきながら急死した大川隆法(写真=共同声明)
教祖の急死 それは紛(まぎ)れもなく罰の現証!
カリスマ教祖亡(な)き後の教団の命運(めいうん)は如何(いか)に
去る三月二日、新興宗教団体である「幸福の科学」の教祖大川隆法(本名・中川隆)が急死した。 六十六歳だった。
教祖の突然の死により、教団内に激震が走っていることは間違いないが、いまだ教団のHPには正式な発表はない。世間では、大川
が残した二千億円とも五千億円とも言われる巨額の遺産と、後継者問題に注目が集まっている。
幸福の科学については、すでに当欄連載(※当初は「教祖の実態を暴[あば]く」)の第一回目に取り上げ、大川教祖の実態を暴いて破折し尽くしているが、今回は教祖の急死に当たり、なぜ大川がこのような顛末(てんまつ)となったのか、その要因を仏法の視点から述べたいと思う。
幸福の科学とは、一九八六年に大川隆法が設立した教団である。後に「幸福実現党」として政界に進出しようとして大敗したり、また某若手女優が突然、芸能事務所を脱退し出家した騒動などは、読者の記憶に残るところだろう。
教祖の大川は徳島県出身で、二十四歳のとき神の啓示を受け、みずから救世主「エル・カンターレ(地球の至高神)」であると表明した。そして、勤務していた
大手総合商社を退社して、一九八六年に幸福の科学を設立。一九九〇年以降、教団は急速に会員を増やし、現在においては「全世界で一千万人を超えた」と称している。
この教団は、開祖・大川のカリスマ性だけで急成長してきただけに、大川の存在なくして信仰の基盤も、教団の存続もない。なかでも宗旨の根幹となっているのが、大川を「エル・カンターレ」とし、彼の霊言な
るものを経典としていることだ。
エル・カンターレについて、教団のHPには
「幸福の科学の信仰は『エル・カンターレ信仰』といいます。『エル・カンターレ』とは、『地球の至高神』の御名であり、『地球の光』を意味しています。 『エル・カンターレ信仰』とは『地球神の存在を認める』という信仰です。エル・カンターレは、さまざまな名前で世界の多様な民族や宗教を指導されてきたご存在です」
と説明している。まともな人間の思考では理解し難(がた) い、意味不明な内容であるが、これを補足すれば、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、日本神道で説く神々や仏教の釈尊など、これらのすべての神仏は本来同一の存在であり、そのすべてを束ねる唯一の神こそエル・カンターレという真の神なのである、と言いたいのだ。
さらに教団HPに、「エル・カンターレ御本仏の下生」「エル・カンターレの『本体意識』であられるのが大川隆法総裁」「エル・カンターレの中核であり、『本体意識』であられるのが大川隆法総裁なのです」とあるように、大川隆法自身がエル・カンターレであるとし、会員に大川の写真を本尊として拝ませている。
そんな絶対の神であり、自ら「二〇三七年まで生きることが決まっている」と予言していた大川が、このたび体調に異変をきたして突然、死亡してしまった(大川の長男がネット上で述べているところによれば、どうやらコロナウイルス感染から脳梗塞(のうこうそく)を起こしたらしい)のだから、教団や会員にとってはただ事ではない。
仏法上からみれば、正法を惑(まど)わず邪教団を立ち上げ、多くの人々を不幸に導いた大川に仏罰が下ることは当然の理であり、今回の夭逝(ようせい)がけっして偶然の出来事ではないのは、明らかだ。
仏法では、生まれ持った命の長さは前世の業によって決まると説く。 つまり寿命の長短は、前世での業の果報に従うのであり、母親の胎内で生命を授かった時にすでにその人の寿命は定まっている、とする。 そして、定まった寿命をそのまま生きることを定業といい、また定まっている寿命どおりでなく、それよりも短命になったり長命となることを不定業という。つまり、横死(おうし)や非業の死によって寿命を全うできないことは不定業になる。
大聖人は『教行証御書』において
「一切は現証には如(し)かず」として、
「善無畏・一行が横難横死、弘法・慈覚が死去の有り様、実に正法の行者是(か)くの如くに有るべく候や」(御書一一〇六頁)
と仰せられ、善無畏三蔵が生前において地獄の苦しみの一分を味わったことや、弘法が晩年、重度の皮膚病等に罹(かか)って苦しんで死んだこと、さらに慈覚が死後、頭と頸(くび)を別々にされた事柄をもって、もし正法の行者である
ならば、このような死に様にはならなかったはずである、と謗法の厳罰を示して破折されている。
また他の御書には、念仏宗の善導が西方極楽浄土に行きたいと念願し、柳の木の上に登って飛び降りたものの、腰の骨を折って七日七夜の間、苦しんだ末に死んだ、ということも示されいている。
これら横死は謗法の厳罰によって不定業の寿命(非業の死を遂げた一例であるが、大川の死も、全くこの類(たぐ)いに過ぎない。
さて、大川の仏法上における最も大きな罪を挙げるとすれば、何といっても
「大聖人や日興上人から霊言を与えられた」などと豪語して、末法の御本仏大聖人と二祖日興上人を悪用したことだろう。このような非道な輩(やから)に対し
大聖人は、
「日蓮を用ひぬるともあしくうやま(敬)はゞ国亡ぶべし」(御書一〇六六頁)
と警告されている。 大聖人を悪しく用いた大川に横死の罰が現われることは、むしろ当然であり、さらに言えば、『法華経』に、
「若(も)し人信ぜずして此(こ)の経を毀謗 (きぼう)せば 則(すなわ)ち一切 世間の佛種を断ぜん(乃至) 其(そ)の人命終して阿鼻獄(あびごく)に入らん 一劫(いっこう)を具足して尽きなば更(また)生れん是(かく)の如く展転して無数(むしゅこう)に至らん 地獄より出でては當(まさ)に畜生に堕(お) つべし」(法華経一七五~六頁)
との経文のごとく、死後、地獄に永く堕ちいることは疑いない。
そもそも仏教の五逆罪のなかに「出仏身血(すいぶつしんけつ)」とあるように、仏の身体を傷つけることはできても、その命を絶つことなどできない。
大聖人も「聖人は横死せず」(御書一二九九頁)
と仰せのように、仏・聖人が横死を遂げることは絶対にないのである。
にもかかわらず、神仏を超越した存在とするエル・カンターレの大川がこのような非業の死を遂げていること自体、大川が神でも仏でもない、ただの凡人であることの証明である。
これまで、さんざん会員を騙(だまし続けてきたペテンの教祖の実態が、この横死をもって露見(ろけん)することになったのであるから、会員たちはこの事実から目を背(そむ)けず、自らの教団の過ちに一刻も早く気づき、正法に帰依すべきである。
(慧妙 令和五年四月一日)
カリスマ教祖亡(な)き後の教団の命運(めいうん)は如何(いか)に
去る三月二日、新興宗教団体である「幸福の科学」の教祖大川隆法(本名・中川隆)が急死した。 六十六歳だった。
教祖の突然の死により、教団内に激震が走っていることは間違いないが、いまだ教団のHPには正式な発表はない。世間では、大川
が残した二千億円とも五千億円とも言われる巨額の遺産と、後継者問題に注目が集まっている。
幸福の科学については、すでに当欄連載(※当初は「教祖の実態を暴[あば]く」)の第一回目に取り上げ、大川教祖の実態を暴いて破折し尽くしているが、今回は教祖の急死に当たり、なぜ大川がこのような顛末(てんまつ)となったのか、その要因を仏法の視点から述べたいと思う。
幸福の科学とは、一九八六年に大川隆法が設立した教団である。後に「幸福実現党」として政界に進出しようとして大敗したり、また某若手女優が突然、芸能事務所を脱退し出家した騒動などは、読者の記憶に残るところだろう。
教祖の大川は徳島県出身で、二十四歳のとき神の啓示を受け、みずから救世主「エル・カンターレ(地球の至高神)」であると表明した。そして、勤務していた
大手総合商社を退社して、一九八六年に幸福の科学を設立。一九九〇年以降、教団は急速に会員を増やし、現在においては「全世界で一千万人を超えた」と称している。
この教団は、開祖・大川のカリスマ性だけで急成長してきただけに、大川の存在なくして信仰の基盤も、教団の存続もない。なかでも宗旨の根幹となっているのが、大川を「エル・カンターレ」とし、彼の霊言な
るものを経典としていることだ。
エル・カンターレについて、教団のHPには
「幸福の科学の信仰は『エル・カンターレ信仰』といいます。『エル・カンターレ』とは、『地球の至高神』の御名であり、『地球の光』を意味しています。 『エル・カンターレ信仰』とは『地球神の存在を認める』という信仰です。エル・カンターレは、さまざまな名前で世界の多様な民族や宗教を指導されてきたご存在です」
と説明している。まともな人間の思考では理解し難(がた) い、意味不明な内容であるが、これを補足すれば、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、日本神道で説く神々や仏教の釈尊など、これらのすべての神仏は本来同一の存在であり、そのすべてを束ねる唯一の神こそエル・カンターレという真の神なのである、と言いたいのだ。
さらに教団HPに、「エル・カンターレ御本仏の下生」「エル・カンターレの『本体意識』であられるのが大川隆法総裁」「エル・カンターレの中核であり、『本体意識』であられるのが大川隆法総裁なのです」とあるように、大川隆法自身がエル・カンターレであるとし、会員に大川の写真を本尊として拝ませている。
そんな絶対の神であり、自ら「二〇三七年まで生きることが決まっている」と予言していた大川が、このたび体調に異変をきたして突然、死亡してしまった(大川の長男がネット上で述べているところによれば、どうやらコロナウイルス感染から脳梗塞(のうこうそく)を起こしたらしい)のだから、教団や会員にとってはただ事ではない。
仏法上からみれば、正法を惑(まど)わず邪教団を立ち上げ、多くの人々を不幸に導いた大川に仏罰が下ることは当然の理であり、今回の夭逝(ようせい)がけっして偶然の出来事ではないのは、明らかだ。
仏法では、生まれ持った命の長さは前世の業によって決まると説く。 つまり寿命の長短は、前世での業の果報に従うのであり、母親の胎内で生命を授かった時にすでにその人の寿命は定まっている、とする。 そして、定まった寿命をそのまま生きることを定業といい、また定まっている寿命どおりでなく、それよりも短命になったり長命となることを不定業という。つまり、横死(おうし)や非業の死によって寿命を全うできないことは不定業になる。
大聖人は『教行証御書』において
「一切は現証には如(し)かず」として、
「善無畏・一行が横難横死、弘法・慈覚が死去の有り様、実に正法の行者是(か)くの如くに有るべく候や」(御書一一〇六頁)
と仰せられ、善無畏三蔵が生前において地獄の苦しみの一分を味わったことや、弘法が晩年、重度の皮膚病等に罹(かか)って苦しんで死んだこと、さらに慈覚が死後、頭と頸(くび)を別々にされた事柄をもって、もし正法の行者である
ならば、このような死に様にはならなかったはずである、と謗法の厳罰を示して破折されている。
また他の御書には、念仏宗の善導が西方極楽浄土に行きたいと念願し、柳の木の上に登って飛び降りたものの、腰の骨を折って七日七夜の間、苦しんだ末に死んだ、ということも示されいている。
これら横死は謗法の厳罰によって不定業の寿命(非業の死を遂げた一例であるが、大川の死も、全くこの類(たぐ)いに過ぎない。
さて、大川の仏法上における最も大きな罪を挙げるとすれば、何といっても
「大聖人や日興上人から霊言を与えられた」などと豪語して、末法の御本仏大聖人と二祖日興上人を悪用したことだろう。このような非道な輩(やから)に対し
大聖人は、
「日蓮を用ひぬるともあしくうやま(敬)はゞ国亡ぶべし」(御書一〇六六頁)
と警告されている。 大聖人を悪しく用いた大川に横死の罰が現われることは、むしろ当然であり、さらに言えば、『法華経』に、
「若(も)し人信ぜずして此(こ)の経を毀謗 (きぼう)せば 則(すなわ)ち一切 世間の佛種を断ぜん(乃至) 其(そ)の人命終して阿鼻獄(あびごく)に入らん 一劫(いっこう)を具足して尽きなば更(また)生れん是(かく)の如く展転して無数(むしゅこう)に至らん 地獄より出でては當(まさ)に畜生に堕(お) つべし」(法華経一七五~六頁)
との経文のごとく、死後、地獄に永く堕ちいることは疑いない。
そもそも仏教の五逆罪のなかに「出仏身血(すいぶつしんけつ)」とあるように、仏の身体を傷つけることはできても、その命を絶つことなどできない。
大聖人も「聖人は横死せず」(御書一二九九頁)
と仰せのように、仏・聖人が横死を遂げることは絶対にないのである。
にもかかわらず、神仏を超越した存在とするエル・カンターレの大川がこのような非業の死を遂げていること自体、大川が神でも仏でもない、ただの凡人であることの証明である。
これまで、さんざん会員を騙(だまし続けてきたペテンの教祖の実態が、この横死をもって露見(ろけん)することになったのであるから、会員たちはこの事実から目を背(そむ)けず、自らの教団の過ちに一刻も早く気づき、正法に帰依すべきである。
(慧妙 令和五年四月一日)