私の師匠の観妙院は、よく「下種先をたくさん持っていなさい」と言っておりました。
それで「AさんがだめならBさん、BさんがだめならCさんへと行って、そのうちまたAさんの家へ行ってごらんなさい。そうして、下種先をたくさん持って折伏をしていくと、どこかで必ず、私も信心しますと言う方が出てくる」
ということをおっしゃっていました。
もちろん、折伏というのは、そんなやさしいものではありません。難しいと思います。
でも、やらなければならない。広宣流布達成が我々の大願であり、広宣流布というのは一人でも多くの人を折伏していくことであります。
そして、自行ばかりの信心はだめであり、自行化他にわたる信心が功徳の源泉で、これによって私達は幸せになれるのです。
(大白法 第一〇〇八号 夏期講習会の砌)
それで「AさんがだめならBさん、BさんがだめならCさんへと行って、そのうちまたAさんの家へ行ってごらんなさい。そうして、下種先をたくさん持って折伏をしていくと、どこかで必ず、私も信心しますと言う方が出てくる」
ということをおっしゃっていました。
もちろん、折伏というのは、そんなやさしいものではありません。難しいと思います。
でも、やらなければならない。広宣流布達成が我々の大願であり、広宣流布というのは一人でも多くの人を折伏していくことであります。
そして、自行ばかりの信心はだめであり、自行化他にわたる信心が功徳の源泉で、これによって私達は幸せになれるのです。
(大白法 第一〇〇八号 夏期講習会の砌)