(一)『富木殿御返事』の御教示
そこで、戒壇ということが、ほかの本尊や題目と違う意味は、特に大聖人様の御法門においては「事相」ということが存するのであります。
文永十(一二七三)年七月六日の『富木殿御返事』のなかに、元は漢文でありますが、「伝教大師御本意の円宗(えんしゅう)を日本に弘めんとす。但(ただ)し定慧(じょうえ)は存生に之(これ)を弘め円戒は死後に之を顕わせり。事相たる故に一重の大難之有るか」 (御書 六七九㌻)
という御文があります。これは伝教大師のことを示されておる御文ですが、この前の所とあとの所は、ともに大聖人様御自身の御弘通の上からの妙法蓮華経の御法門をお示しになっており、この御文はそれらの挟まれているのです。なぜ、ここで唐突(とうとつ)に伝教大師に関する文が出てくるのかということは、この文を拝してみると、その意義を拝する読み方に、ある深さを感ずるのです。
すなわち、この御文は漢文のため、「伝教大師」と「御本意」の送りがなについては、今までに色々な付け方がありました。
古いところで『高祖遺文録(1)』は「伝教大師御本意円宗ヲ・・」とあって、「師」と「意」の下の送りがなはありません。日蓮宗の『昭和定本(2)』と宗門の『昭和新定(3)』は「伝教大師御本意ノ・・」となっており、「師」の下の送りがなは付けていないのです。
『(4)縮冊遺文』は「伝教大師ノ御本意ノ・・」と両所が「ノ」になっており、また創価学会から出した総本山第五十九世の堀日亨上人編『御書全集(5)』も、初めは「伝教大師の御本意の」となっておりましたが、のちに「伝教大師は」と改めております。
つまり前後の文との関連から「伝教大師の御本意の円宗を・・」と読むと、「大聖人様が、伝教大師の御本意であったところの円宗を日本に弘めんとされた」
という意味で、大聖人様のお立場にも通ずる意味をおっしゃっておるようにも取れるわけです。ところが
「伝教大師は御本意の円宗を日本に弘めんとす」ということになると、これは、前後は大聖人様御自身の弘通のことをおっしゃっておるけれども、この部分だけはあくまで伝教大師のことを特別に挙げられていることになります。
宗門で出しておる信徒用の御書、いわゆる『(6)平成新編御書』(※第三刷まで)の中では、ここは「伝教大師は」としております。これでもよいとは思いますが、私としては『昭和新定』『昭和定本』と同じく、むしろ「伝教大師御本意の円宗を日本に弘めんとす」というように、「伝教大師」のあとには「の」も「は」も付けない読み方もよい
のではないかと思うのです。これならば、伝教大師が弘められ、また日蓮がこの意義をもって三大秘法の上の戒の法門を弘めるのである、
という両方の意味に取れるのでよいのではないかと拝するわけであります。(7)
それはともかく、私がここで何を言わんとしているかというと、ここの御文に「事相たる故に一重の大難之有るか」ということをおっしゃっておるのです。
たしかに、皆さんも御承知のように、戒壇は事相であります。事相ということは、実際の問題なのです。
現在、仏教においてありとあらゆる宗旨の著述が無数にありますが、それがどんなに難しい法門でも、また広く深い法門でも、法門の法理というのはみんな、内容的には定と慧になるのです。それに対して、戒の本義を具体的に顕そうとすると、これは事相ということになるから、実際の問題なのです。
ただ単に口で言うだけなら、どんなことでも言えます。まことに逆(さか)しまなことを、さも本当のような形で言うことだって、理屈としては言えるわけです。しかし、実際に戒を顕すということにおいては、事相という実際の問題としてのこととなりますが、いい加減なことでは済まされない、つまり、はっきりとした形でなければ
ならないということであります。
(1)高祖遺文録 一五ー一
(2)昭和定本日蓮聖人遺文 一ー七四三㌻
(3)昭和新定日蓮大聖人御書 二ー九九九㌻
(4)霊良閲版 日蓮聖人御遺文(縮冊遺文録) 九七九㌻
(5)日蓮大聖人御書全集 九六三㌻
(6)平成新編日蓮大聖人御書(第三刷) 六七九㌻
(7)この御講義を受け、第四刷以降は「伝教大師御本意の円宗を日本に弘めんとす」と改訂された。
そこで、戒壇ということが、ほかの本尊や題目と違う意味は、特に大聖人様の御法門においては「事相」ということが存するのであります。
文永十(一二七三)年七月六日の『富木殿御返事』のなかに、元は漢文でありますが、「伝教大師御本意の円宗(えんしゅう)を日本に弘めんとす。但(ただ)し定慧(じょうえ)は存生に之(これ)を弘め円戒は死後に之を顕わせり。事相たる故に一重の大難之有るか」 (御書 六七九㌻)
という御文があります。これは伝教大師のことを示されておる御文ですが、この前の所とあとの所は、ともに大聖人様御自身の御弘通の上からの妙法蓮華経の御法門をお示しになっており、この御文はそれらの挟まれているのです。なぜ、ここで唐突(とうとつ)に伝教大師に関する文が出てくるのかということは、この文を拝してみると、その意義を拝する読み方に、ある深さを感ずるのです。
すなわち、この御文は漢文のため、「伝教大師」と「御本意」の送りがなについては、今までに色々な付け方がありました。
古いところで『高祖遺文録(1)』は「伝教大師御本意円宗ヲ・・」とあって、「師」と「意」の下の送りがなはありません。日蓮宗の『昭和定本(2)』と宗門の『昭和新定(3)』は「伝教大師御本意ノ・・」となっており、「師」の下の送りがなは付けていないのです。
『(4)縮冊遺文』は「伝教大師ノ御本意ノ・・」と両所が「ノ」になっており、また創価学会から出した総本山第五十九世の堀日亨上人編『御書全集(5)』も、初めは「伝教大師の御本意の」となっておりましたが、のちに「伝教大師は」と改めております。
つまり前後の文との関連から「伝教大師の御本意の円宗を・・」と読むと、「大聖人様が、伝教大師の御本意であったところの円宗を日本に弘めんとされた」
という意味で、大聖人様のお立場にも通ずる意味をおっしゃっておるようにも取れるわけです。ところが
「伝教大師は御本意の円宗を日本に弘めんとす」ということになると、これは、前後は大聖人様御自身の弘通のことをおっしゃっておるけれども、この部分だけはあくまで伝教大師のことを特別に挙げられていることになります。
宗門で出しておる信徒用の御書、いわゆる『(6)平成新編御書』(※第三刷まで)の中では、ここは「伝教大師は」としております。これでもよいとは思いますが、私としては『昭和新定』『昭和定本』と同じく、むしろ「伝教大師御本意の円宗を日本に弘めんとす」というように、「伝教大師」のあとには「の」も「は」も付けない読み方もよい
のではないかと思うのです。これならば、伝教大師が弘められ、また日蓮がこの意義をもって三大秘法の上の戒の法門を弘めるのである、
という両方の意味に取れるのでよいのではないかと拝するわけであります。(7)
それはともかく、私がここで何を言わんとしているかというと、ここの御文に「事相たる故に一重の大難之有るか」ということをおっしゃっておるのです。
たしかに、皆さんも御承知のように、戒壇は事相であります。事相ということは、実際の問題なのです。
現在、仏教においてありとあらゆる宗旨の著述が無数にありますが、それがどんなに難しい法門でも、また広く深い法門でも、法門の法理というのはみんな、内容的には定と慧になるのです。それに対して、戒の本義を具体的に顕そうとすると、これは事相ということになるから、実際の問題なのです。
ただ単に口で言うだけなら、どんなことでも言えます。まことに逆(さか)しまなことを、さも本当のような形で言うことだって、理屈としては言えるわけです。しかし、実際に戒を顕すということにおいては、事相という実際の問題としてのこととなりますが、いい加減なことでは済まされない、つまり、はっきりとした形でなければ
ならないということであります。
(1)高祖遺文録 一五ー一
(2)昭和定本日蓮聖人遺文 一ー七四三㌻
(3)昭和新定日蓮大聖人御書 二ー九九九㌻
(4)霊良閲版 日蓮聖人御遺文(縮冊遺文録) 九七九㌻
(5)日蓮大聖人御書全集 九六三㌻
(6)平成新編日蓮大聖人御書(第三刷) 六七九㌻
(7)この御講義を受け、第四刷以降は「伝教大師御本意の円宗を日本に弘めんとす」と改訂された。