日達上人は昭和四十九年十一月、創価学会第三十七回総会の席上、急激に信徒が増加した状況に鑑(かんが)み、日本国全人口の三分の一以上の人が、本門事(じ)の戒壇の御本尊に純真な、しかも確実な信心をもって本門の題目、南無妙法蓮華経を異口(いく)同音に唱えたてまつることができたとき、
そのときこそ日本国一国は広宣流布したと申し上げるべきことである
(傍線編者·達全 二ー五ー五三八、大日蓮 昭和五〇年一月号一二)
と仰せられ、また昭和五十年一月号の『大白蓮華』に、
現今の我国の妙法流布の情況を見るに、学会の人びと或(ある)いは法華講の人びとの布教に依(よ)って、全国民が大聖人の南無妙法蓮華経を聞いて居(い)ると思う。若(も)し日本国に於(お)いて、人口の三分の一以上の人が清浄なしかも純信な大聖人の信徒となれば、日本国中は大聖人の仏法が広宣流布したといえる。なんとなれば日蓮大聖人の仏法は下種(げしゅ)の仏法なるが故に、順逆共に成仏するのである
(傍線編者·達全 二ー七ー四三一、大白蓮華 昭和五○年一月号一五)
との一文を寄せられました。
これらの御指南は、日本の人口の三分の一以上の人が信徒となった時は広宣流布の時であるというものです。しかし、ここで注意すべきは、「純真な、しかも確実な信心をもって」「清浄なしかも純信な大聖人の信徒」とのお言葉です。
このような信心強盛(ごうじょう)にして純真かつ確実な信徒が三分の一をなすということは、その他の人々をも必ず妙法の下種折伏をもって正法に導く大きな力となり、日本一国の広宣流布を実現する時と言えることを示されたものです。また同時に、この御指南は広宣流布にはいまだ至っていないことを示して当時の信徒を激励されたお言葉でもあります。
血脈相伝の御深意の上から、現実的な広布の相を教示された日達上人に対して「たばかり」などと詳誇する浅井昭衛は、仏法破壊の大誇法者です。
そのときこそ日本国一国は広宣流布したと申し上げるべきことである
(傍線編者·達全 二ー五ー五三八、大日蓮 昭和五〇年一月号一二)
と仰せられ、また昭和五十年一月号の『大白蓮華』に、
現今の我国の妙法流布の情況を見るに、学会の人びと或(ある)いは法華講の人びとの布教に依(よ)って、全国民が大聖人の南無妙法蓮華経を聞いて居(い)ると思う。若(も)し日本国に於(お)いて、人口の三分の一以上の人が清浄なしかも純信な大聖人の信徒となれば、日本国中は大聖人の仏法が広宣流布したといえる。なんとなれば日蓮大聖人の仏法は下種(げしゅ)の仏法なるが故に、順逆共に成仏するのである
(傍線編者·達全 二ー七ー四三一、大白蓮華 昭和五○年一月号一五)
との一文を寄せられました。
これらの御指南は、日本の人口の三分の一以上の人が信徒となった時は広宣流布の時であるというものです。しかし、ここで注意すべきは、「純真な、しかも確実な信心をもって」「清浄なしかも純信な大聖人の信徒」とのお言葉です。
このような信心強盛(ごうじょう)にして純真かつ確実な信徒が三分の一をなすということは、その他の人々をも必ず妙法の下種折伏をもって正法に導く大きな力となり、日本一国の広宣流布を実現する時と言えることを示されたものです。また同時に、この御指南は広宣流布にはいまだ至っていないことを示して当時の信徒を激励されたお言葉でもあります。
血脈相伝の御深意の上から、現実的な広布の相を教示された日達上人に対して「たばかり」などと詳誇する浅井昭衛は、仏法破壊の大誇法者です。