御本尊お給仕
御本尊へのお給仕は、信心をする者にとって欠かせない大切なことです。そこでなによりもまず、報恩謝徳の真心をこめたお給仕を心がけることが肝要です。
毎朝、仏壇を掃除し、仏飯を供え、水や樒を上げ、また、勤行の時にローソクを点し、香を焚いて御宝前を荘厳することは、すべて御本尊への供養なのです。
このように、御本尊に、水、香、華などを供養するのは、法、報、応の三身、仏法僧の三宝を供養申し上げる意義があり、それはとりもなおさず、我が身の正因、了因、縁因の三因仏性を養育し、成長せしめることになるのです。
本宗では古来、御宝前の荘厳には
三具足(華・香・燈)、又は五具足(華一対・香・燈一対)が用いられております。
そして華、香、燈明は仏の三身、法理としての三諦、三因仏性などを表しています。
御本尊へのお給仕の心構えとしては、かつて日興上人が影の形に随がごとく大聖人に常随給仕申し上げたように、私たちも御本尊即大聖人とあがめてお給仕することを忘れてはなりません。
し き み
法華経方便品には、
「栴檀及び沈水、木樒並びに余の材」(開結一七九頁)
をもって御宝前を荘厳することがとかれています。
色花は見た目にはあでやかに美しく見えますが、咲いたと思うとやがてしおれて散ってしまうものです。これは仏法から見れば、無常なることを示しております。したがって、無常を示す色花は、末法万年の衆生を救護遊ばされる唯一絶対の御本仏へお供えするにはふさわしくありません。常住不滅、尊極無上の御本尊の御宝前を荘厳する華は、やはり、常住にして清浄無垢をあらわす華でなければなりません。しきみは豊かな生命力をあらわす常緑樹であり、しかも松、杉、榊などと違って、特有の香気を持つ日本唯一の香木です。その香気は邪気を払い、不浄を清浄ならしめる力があるので、本宗ではしきみを尊ぶのであります。
しきみを産しない土地や、入手できないところでは、しきみの代用として、他の常磐樹を用いることは止むを得ないでしょう。
お 水
仏教発祥の地インドは、酷暑の国であるため、水は最も価値のあるものとして大切にされ、梵語では「閼伽」といい、功徳、功徳水などと訳され、賓客(転じて仏様又は墓前)には水を供えるのが常礼とされたようです。
本宗では。九世日有上人の化儀抄の、
「茶湯有るべからず、唐土の法なるが故に・・・」(聖典九八八頁)
の伝統を今に守って御宝前には湯茶を禁じ、水をあげるのです。
毎朝御本尊に上げる水は、必ず清水、しかも早朝汲み初めのものを上げましょう。その際器の中にしきみ一葉を入れ、水を注ぐのが本宗古来のしきたりです。朝は勤行の前に上げ、夕は勤行の前に下げましょう。
線 香
御宝前を、三具足又は五具足で荘厳する場合、常に香炉は中心に配置します。法華経法師品をはじめ多くの経文の中で,「抹香・塗香・焼香」などをもちいて、仏様の御前を荘厳することが説かれていますが、これは、薫香をもって仏前を清浄にし、それを仏様への供養とするためなのです.「一色一香無非中道」の天台大師の言葉は、一切の事物に中道実相が具わっていることを示すとともに、焼香そのものに、中道の広大な功徳がこめられていることをあらわすものと解釈できます。したがって、朝夕の勤行には真心をもって香を焚くことが肝要です。
現在では、江戸時代に初めて作り出された線香が多く使われていますが、香を焚くことの意味をよく心得て用いたいものです。線香は香炉の形にもよりますが、一~三本位を横にねかせて用いるとよいでしょう。世間では線香を立てますが、本宗では古来いたしません。薫香は静穏を旨とする上から横にねかせる形がその意義にふさわしいこと、また御本尊や仏壇を焦がしたり、灰がバラバラに散乱するのを防ぐ配慮などから、自然にこの形式がとられたことと思います。
お 霊 供
本宗寺院のお会式・お講・春秋彼岸会・盂蘭盆会などの法要の時、お経の始まる前に、住職が御宝前で献膳の儀式をとり行ないます。お会式やお講で、お霊膳を献ずるときは、まず御本尊に仏供(金椀に御飯をお盛りしたもの)を供え、向って左側に宗祖大聖人、右側に二祖日興上人、更にその右に、三祖日目上人のお霊膳を供え、続いて御歴代上人のお霊膳、ならびに法界(有縁無縁に供する)の金椀を供えます。彼岸会、盂蘭盆会などには、他に檀信徒先祖代々の精霊へのお霊膳も供えます。
また、信徒の家庭で、命日忌法要などを営むときには、御本尊に仏供・お霊膳を供えるよう心がけたいものです。
それは、図のような方式に供えるとよいでしょう。お霊膳の具味については、季節・地域などによって一定することはできないので、真心のこもったものであれば、なにを用いてもさしつかえありません。ただし、原則としては、魚、肉、鳥、五辛(にら、らっきょう、ねぎ、にんにく、はじかみ)などはさけて、調菜料理すべきであります。祝儀の場合には、御飯は赤飯をよく用います。
普段、御飯を炊いたときには、炊き立ての御飯を金椀に盛って、まず御宝前にお供えします。その場合,
「南無下種三宝御報恩謝徳御供養のため、南無妙法蓮華経」
と心で祈念しつつ三つ鐘を打ち、合掌礼拝します。その後、上げたままにしないで、直ちに下げるのがしきたりです。
毎朝、仏壇を掃除し、仏飯を供え、水や樒を上げ、また、勤行の時にローソクを点し、香を焚いて御宝前を荘厳することは、すべて御本尊への供養なのです。
このように、御本尊に、水、香、華などを供養するのは、法、報、応の三身、仏法僧の三宝を供養申し上げる意義があり、それはとりもなおさず、我が身の正因、了因、縁因の三因仏性を養育し、成長せしめることになるのです。
本宗では古来、御宝前の荘厳には
三具足(華・香・燈)、又は五具足(華一対・香・燈一対)が用いられております。
そして華、香、燈明は仏の三身、法理としての三諦、三因仏性などを表しています。
御本尊へのお給仕の心構えとしては、かつて日興上人が影の形に随がごとく大聖人に常随給仕申し上げたように、私たちも御本尊即大聖人とあがめてお給仕することを忘れてはなりません。
し き み
法華経方便品には、
「栴檀及び沈水、木樒並びに余の材」(開結一七九頁)
をもって御宝前を荘厳することがとかれています。
色花は見た目にはあでやかに美しく見えますが、咲いたと思うとやがてしおれて散ってしまうものです。これは仏法から見れば、無常なることを示しております。したがって、無常を示す色花は、末法万年の衆生を救護遊ばされる唯一絶対の御本仏へお供えするにはふさわしくありません。常住不滅、尊極無上の御本尊の御宝前を荘厳する華は、やはり、常住にして清浄無垢をあらわす華でなければなりません。しきみは豊かな生命力をあらわす常緑樹であり、しかも松、杉、榊などと違って、特有の香気を持つ日本唯一の香木です。その香気は邪気を払い、不浄を清浄ならしめる力があるので、本宗ではしきみを尊ぶのであります。
しきみを産しない土地や、入手できないところでは、しきみの代用として、他の常磐樹を用いることは止むを得ないでしょう。
お 水
仏教発祥の地インドは、酷暑の国であるため、水は最も価値のあるものとして大切にされ、梵語では「閼伽」といい、功徳、功徳水などと訳され、賓客(転じて仏様又は墓前)には水を供えるのが常礼とされたようです。
本宗では。九世日有上人の化儀抄の、
「茶湯有るべからず、唐土の法なるが故に・・・」(聖典九八八頁)
の伝統を今に守って御宝前には湯茶を禁じ、水をあげるのです。
毎朝御本尊に上げる水は、必ず清水、しかも早朝汲み初めのものを上げましょう。その際器の中にしきみ一葉を入れ、水を注ぐのが本宗古来のしきたりです。朝は勤行の前に上げ、夕は勤行の前に下げましょう。
線 香
御宝前を、三具足又は五具足で荘厳する場合、常に香炉は中心に配置します。法華経法師品をはじめ多くの経文の中で,「抹香・塗香・焼香」などをもちいて、仏様の御前を荘厳することが説かれていますが、これは、薫香をもって仏前を清浄にし、それを仏様への供養とするためなのです.「一色一香無非中道」の天台大師の言葉は、一切の事物に中道実相が具わっていることを示すとともに、焼香そのものに、中道の広大な功徳がこめられていることをあらわすものと解釈できます。したがって、朝夕の勤行には真心をもって香を焚くことが肝要です。
現在では、江戸時代に初めて作り出された線香が多く使われていますが、香を焚くことの意味をよく心得て用いたいものです。線香は香炉の形にもよりますが、一~三本位を横にねかせて用いるとよいでしょう。世間では線香を立てますが、本宗では古来いたしません。薫香は静穏を旨とする上から横にねかせる形がその意義にふさわしいこと、また御本尊や仏壇を焦がしたり、灰がバラバラに散乱するのを防ぐ配慮などから、自然にこの形式がとられたことと思います。
お 霊 供
本宗寺院のお会式・お講・春秋彼岸会・盂蘭盆会などの法要の時、お経の始まる前に、住職が御宝前で献膳の儀式をとり行ないます。お会式やお講で、お霊膳を献ずるときは、まず御本尊に仏供(金椀に御飯をお盛りしたもの)を供え、向って左側に宗祖大聖人、右側に二祖日興上人、更にその右に、三祖日目上人のお霊膳を供え、続いて御歴代上人のお霊膳、ならびに法界(有縁無縁に供する)の金椀を供えます。彼岸会、盂蘭盆会などには、他に檀信徒先祖代々の精霊へのお霊膳も供えます。
また、信徒の家庭で、命日忌法要などを営むときには、御本尊に仏供・お霊膳を供えるよう心がけたいものです。
それは、図のような方式に供えるとよいでしょう。お霊膳の具味については、季節・地域などによって一定することはできないので、真心のこもったものであれば、なにを用いてもさしつかえありません。ただし、原則としては、魚、肉、鳥、五辛(にら、らっきょう、ねぎ、にんにく、はじかみ)などはさけて、調菜料理すべきであります。祝儀の場合には、御飯は赤飯をよく用います。
普段、御飯を炊いたときには、炊き立ての御飯を金椀に盛って、まず御宝前にお供えします。その場合,
「南無下種三宝御報恩謝徳御供養のため、南無妙法蓮華経」
と心で祈念しつつ三つ鐘を打ち、合掌礼拝します。その後、上げたままにしないで、直ちに下げるのがしきたりです。