創価学会は、令和五(二〇二三)年十一月十八日発刊の『創価学会教学要綱』(以下『学会要綱』という)において、概略次のような邪説を主張している。
①大乗仏教は釈尊の直説ではないが、法華経は人間主義を明かすので用いる。
②日蓮大聖人は釈尊から法華経の末法弘通を託された上行菩薩の役目を果たしたのであり、一応「末法の御本仏」と称するが久遠元初(くおんがんじょ)の御本仏ではない。
③三大秘法の「本門の本尊」とは特定の御本尊のことではない。したがって弘安二年の本門戒壇の大御本尊は受持の対象としない。
④日蓮大聖人の仏法においては出家・在家の区別はなく、むしろ在家こそが主であり、創価学会が現代の僧宝である。
⑤他宗教を破折するのは時代に合わないので、対話を「折伏」と位置づける。
これらの主張は、大聖人以来の血脈相伝による正統教学を否定するものであり、大聖人の仏法を破壊するものにほかならない。
『学会要綱』の「発刊にあたって」を見てみると、まず、
「(創価学会は)一九三〇年十一月の創立以来(中略) 大聖人の教えを現代に展開・実践し、個人の人生や広範な社会に善なる価値を創造することを目指してきました」(一㌻)
と、創価学会がこれまで価値創造を目指して活動してきたと述べている。
続いて、日蓮正宗との関係について、
「創価学会は、一九九一年十一月二十八日、それまで外護していた日蓮正宗という教団から名実ともに独立しました (中略) 日蓮正宗が法主(管長)の絶対性や僧俗差別を強調し、大聖人の仏法の精神から著しく逸脱したため、創価学会は『魂の独立』を果たしました」(同㌻)
などと、実際には日蓮正宗から破門されたにもかかわらず、詭弁(きべん)を弄(ろう)して会員・読者を欺(あざむ)こうとしている。
次いで、教学の改変について、
「この三十年来、『御書(大聖人の著作) 根本』『日蓮大聖人直結』の立場から、大聖人の仏法の本義に基づき、創価学会の教学を形成してきました」(同㌻)
と、「御書根本」「大聖人直結」と言いながら、破門以後の三十年間で、七百年来の正統教学を自らの組織に都合の良いように改変してきたことを公言している。
そして、今回の『学会要綱』の発刊は、
「二〇一四年十一月に、創価学会の信仰の実践や実態に即して、創価学会会則の教義条項が改正されましたが、その際、創価学会教学部の見解として、『(日蓮正宗の教義解釈に大きな影響を与えた) 日寛上人の教学には、日蓮大聖人の正義を明らかにする普遍性のある部分と、要法寺[出身]の法主が続き、疲弊した宗派を護るという要請に応えて、唯一正統性を強調する時代的な制約のある部分があるので、今後はこの両者を立て分けていく必要がある』(「聖教新聞」 二〇一五年一月三十日付)と明示しました。本書は、その課題に対する回答も含めて、現在の創価学会の教学の要綱をまとめたものです」(同㌻)
と、平成二十六(二〇一四) 年十一月の創価学会会則の教義条項変更についての学会教学部の見解に課題があったので、その回答を示すことが目的の一つであるとしている。その回答とは、
「日寛教学には、御書に基づいて大聖人の仏法の本義を明らかにした日興門流の普遍的な部分と、大石寺が日蓮門下の正統であることを主張した時代的な制約のある部分が混在する。大石寺に伝わる『戒壇の本尊(弘安二年の御本尊)』を他の御本尊よりも優れた究極の御本尊と位置づけて、それを強調したことは、後者に該当するものである。日寛は、『戒壇の本尊』を特別視して、三大秘法を合した『一大秘法』は本門の本尊であり、それゆえに『戒壇の本尊』を『三大秘法惣在の本尊』と名づけると主張した。また、大石寺が授与する文字曼荼羅は『戒壇の本尊』の書写であるとした。しかし、『戒壇の本尊』を特別な御本尊であるとする解釈は、大聖人の御書にも日興上人の著作類にも見られない説である。大聖人は多くの御本尊を顕されたが、それらの御本尊に優劣を定めるような教示は御書に存在しない。教理的には本来、本門の本尊は『弘安二年の御本尊』に限定されるものではなく、末法の衆生のために大聖人御自身が顕された御本尊と、それを書写した御本尊は、すべて根本の法である『南無妙法蓮華経』を具現されたものであり、等しく『本門の本尊』である。
それを踏まえて教義条項が改正されたが、それは、『御書根本』『大聖人直結』の指針のもと、あくまで御書に基づいて大聖人の御真意にかなった解釈を明らかにしたものである」(一四九㌻)
の箇所であろう。
つまり『学会要綱』では、日寛上人が戒壇の大御本尊を三大秘法の随一、宗旨の根源とされたのは、「要法寺 [出身」の法主が続き、疲弊した宗派を護るという要請に応えて」言い出したことであり、「大聖人の御書にも日興上人の著作類にも見られない説である」というのである。ここには、大石寺が要法寺との通用によって疲弊したということと、日寛上人によって戒壇の大御本尊が特別視されるようになったという、二つの事実に反する妄言が含まれている。
要法寺は、日目上人の弟子の日尊師を開基とする京都の寺院である。 安土桃山時代末から江戸時代の前半にかけて、大石寺と要法寺は通用関係にあり、第十五世日昌上人から第二十三世日啓上人までが要法寺系の寺院で出家し、のちに大石寺の御歴代上人になられている。大石寺と通用を結ぶ前の要法寺には、広蔵日辰という造仏や一部読誦を主張する者がおり、『学会要綱』 では、そのような要法寺から御歴代上人が出たことで、大石寺は疲弊したと言いたいのであろう。
しかし「学会要綱』の言うような事実はない。これらの御歴代上人は皆、御登座前に大石寺の法義を研鑽して心肝に染め、御登座以後は大聖人以来の血脈に基づく正法正義によって門下を董(とう)せられたのであり、大石寺の清流にいささかの動揺もなかったのである。
現に、出家される前の日寛上人は、要法寺出身の第十七世日精上人の警咳(けいがい)に触れて大石寺に帰依している。また、日寛上人より直々に血脈を付嘱せられた第二十八世日詳上人は、要法寺系の寺院で得度された方である。日寛上人は、広蔵日辰の邪義を破折されたが、要法寺との通用に弊害を感じてなどおられなかったのである。
次に、本門戒壇の大御本尊をもって大聖人出世の本懐、 宗旨の根源の法体とすることについても、のち(本書六六㌻参照)に述べるように、大聖人の『聖人御難事』(御書一三九六㌻)、日興上人の『日興跡条々事』(同一八八三㌻)、第十四世日主上人の『日興跡条々事示書』(歴全一 - 四五九㌻)等を拝せば、それが大聖人・日興上人以来の宗是として受け継がれていることは明白であり、それを日寛上人が言い出したなどというのは、何も知らない会員を欺くための暴論である。
また『学会要綱』 では、
①大乗仏教は釈尊の直説ではないが、法華経は人間主義を明かすので用いる。
②日蓮大聖人は釈尊から法華経の末法弘通を託された上行菩薩の役目を果たしたのであり、一応「末法の御本仏」と称するが久遠元初(くおんがんじょ)の御本仏ではない。
③三大秘法の「本門の本尊」とは特定の御本尊のことではない。したがって弘安二年の本門戒壇の大御本尊は受持の対象としない。
④日蓮大聖人の仏法においては出家・在家の区別はなく、むしろ在家こそが主であり、創価学会が現代の僧宝である。
⑤他宗教を破折するのは時代に合わないので、対話を「折伏」と位置づける。
これらの主張は、大聖人以来の血脈相伝による正統教学を否定するものであり、大聖人の仏法を破壊するものにほかならない。
『学会要綱』の「発刊にあたって」を見てみると、まず、
「(創価学会は)一九三〇年十一月の創立以来(中略) 大聖人の教えを現代に展開・実践し、個人の人生や広範な社会に善なる価値を創造することを目指してきました」(一㌻)
と、創価学会がこれまで価値創造を目指して活動してきたと述べている。
続いて、日蓮正宗との関係について、
「創価学会は、一九九一年十一月二十八日、それまで外護していた日蓮正宗という教団から名実ともに独立しました (中略) 日蓮正宗が法主(管長)の絶対性や僧俗差別を強調し、大聖人の仏法の精神から著しく逸脱したため、創価学会は『魂の独立』を果たしました」(同㌻)
などと、実際には日蓮正宗から破門されたにもかかわらず、詭弁(きべん)を弄(ろう)して会員・読者を欺(あざむ)こうとしている。
次いで、教学の改変について、
「この三十年来、『御書(大聖人の著作) 根本』『日蓮大聖人直結』の立場から、大聖人の仏法の本義に基づき、創価学会の教学を形成してきました」(同㌻)
と、「御書根本」「大聖人直結」と言いながら、破門以後の三十年間で、七百年来の正統教学を自らの組織に都合の良いように改変してきたことを公言している。
そして、今回の『学会要綱』の発刊は、
「二〇一四年十一月に、創価学会の信仰の実践や実態に即して、創価学会会則の教義条項が改正されましたが、その際、創価学会教学部の見解として、『(日蓮正宗の教義解釈に大きな影響を与えた) 日寛上人の教学には、日蓮大聖人の正義を明らかにする普遍性のある部分と、要法寺[出身]の法主が続き、疲弊した宗派を護るという要請に応えて、唯一正統性を強調する時代的な制約のある部分があるので、今後はこの両者を立て分けていく必要がある』(「聖教新聞」 二〇一五年一月三十日付)と明示しました。本書は、その課題に対する回答も含めて、現在の創価学会の教学の要綱をまとめたものです」(同㌻)
と、平成二十六(二〇一四) 年十一月の創価学会会則の教義条項変更についての学会教学部の見解に課題があったので、その回答を示すことが目的の一つであるとしている。その回答とは、
「日寛教学には、御書に基づいて大聖人の仏法の本義を明らかにした日興門流の普遍的な部分と、大石寺が日蓮門下の正統であることを主張した時代的な制約のある部分が混在する。大石寺に伝わる『戒壇の本尊(弘安二年の御本尊)』を他の御本尊よりも優れた究極の御本尊と位置づけて、それを強調したことは、後者に該当するものである。日寛は、『戒壇の本尊』を特別視して、三大秘法を合した『一大秘法』は本門の本尊であり、それゆえに『戒壇の本尊』を『三大秘法惣在の本尊』と名づけると主張した。また、大石寺が授与する文字曼荼羅は『戒壇の本尊』の書写であるとした。しかし、『戒壇の本尊』を特別な御本尊であるとする解釈は、大聖人の御書にも日興上人の著作類にも見られない説である。大聖人は多くの御本尊を顕されたが、それらの御本尊に優劣を定めるような教示は御書に存在しない。教理的には本来、本門の本尊は『弘安二年の御本尊』に限定されるものではなく、末法の衆生のために大聖人御自身が顕された御本尊と、それを書写した御本尊は、すべて根本の法である『南無妙法蓮華経』を具現されたものであり、等しく『本門の本尊』である。
それを踏まえて教義条項が改正されたが、それは、『御書根本』『大聖人直結』の指針のもと、あくまで御書に基づいて大聖人の御真意にかなった解釈を明らかにしたものである」(一四九㌻)
の箇所であろう。
つまり『学会要綱』では、日寛上人が戒壇の大御本尊を三大秘法の随一、宗旨の根源とされたのは、「要法寺 [出身」の法主が続き、疲弊した宗派を護るという要請に応えて」言い出したことであり、「大聖人の御書にも日興上人の著作類にも見られない説である」というのである。ここには、大石寺が要法寺との通用によって疲弊したということと、日寛上人によって戒壇の大御本尊が特別視されるようになったという、二つの事実に反する妄言が含まれている。
要法寺は、日目上人の弟子の日尊師を開基とする京都の寺院である。 安土桃山時代末から江戸時代の前半にかけて、大石寺と要法寺は通用関係にあり、第十五世日昌上人から第二十三世日啓上人までが要法寺系の寺院で出家し、のちに大石寺の御歴代上人になられている。大石寺と通用を結ぶ前の要法寺には、広蔵日辰という造仏や一部読誦を主張する者がおり、『学会要綱』 では、そのような要法寺から御歴代上人が出たことで、大石寺は疲弊したと言いたいのであろう。
しかし「学会要綱』の言うような事実はない。これらの御歴代上人は皆、御登座前に大石寺の法義を研鑽して心肝に染め、御登座以後は大聖人以来の血脈に基づく正法正義によって門下を董(とう)せられたのであり、大石寺の清流にいささかの動揺もなかったのである。
現に、出家される前の日寛上人は、要法寺出身の第十七世日精上人の警咳(けいがい)に触れて大石寺に帰依している。また、日寛上人より直々に血脈を付嘱せられた第二十八世日詳上人は、要法寺系の寺院で得度された方である。日寛上人は、広蔵日辰の邪義を破折されたが、要法寺との通用に弊害を感じてなどおられなかったのである。
次に、本門戒壇の大御本尊をもって大聖人出世の本懐、 宗旨の根源の法体とすることについても、のち(本書六六㌻参照)に述べるように、大聖人の『聖人御難事』(御書一三九六㌻)、日興上人の『日興跡条々事』(同一八八三㌻)、第十四世日主上人の『日興跡条々事示書』(歴全一 - 四五九㌻)等を拝せば、それが大聖人・日興上人以来の宗是として受け継がれていることは明白であり、それを日寛上人が言い出したなどというのは、何も知らない会員を欺くための暴論である。
また『学会要綱』 では、
(写真)総本山第64世 日昇上人
「一九九三年以来、創価学会は日寛書写の御本尊を会員に授与しているが、それは、日蓮大聖人と日興上人の真意に則った『本門の本尊』であるからである」(同㌻)
と、本門戒壇の大御本尊を否定しながら、日寛上人が本門戒壇の大御本尊を御書写した御本尊を複製し、「日蓮大聖人と日興上人の真意に則った『本門の本尊』である」と強弁する。
現在、創価学会は第六十四世日昇上人御書写の通称「慈折(じしゃく)広布の御本尊」を、東京信濃町にある創価学会総本部の広宣流布大誓堂に安置して拝んでいるが、当然この御本尊も「本門戒壇の大御本尊」を御書写したものである。
日昇上人は創価学会関西本部安置の常住御本尊を書写され、その入仏式(昭和三十年十二月十三一日)の折、
「戒壇の大御本尊の御内証を、帯し奉って不肖日昇六十四世の法主として、御本尊様に信仰をそめておしたため申しあげている御本尊でございまする」
(『聖教新聞』昭和三〇年一二月一八日付)
と仰せられており、「慈折広布の御本尊」もその意義は同じである。そのお心を無視し、根源の戒壇の大御本尊を否定するという自己矛盾をどう説明するのであろうか。本宗御歴代上人の御書写された御本尊は、
すべて戒壇の大御本尊を御書写した御本尊であることを肝に銘ずべきである。
なお、創価学会が教義条項を改変した理由について、『学会要綱』では、
と、本門戒壇の大御本尊を否定しながら、日寛上人が本門戒壇の大御本尊を御書写した御本尊を複製し、「日蓮大聖人と日興上人の真意に則った『本門の本尊』である」と強弁する。
現在、創価学会は第六十四世日昇上人御書写の通称「慈折(じしゃく)広布の御本尊」を、東京信濃町にある創価学会総本部の広宣流布大誓堂に安置して拝んでいるが、当然この御本尊も「本門戒壇の大御本尊」を御書写したものである。
日昇上人は創価学会関西本部安置の常住御本尊を書写され、その入仏式(昭和三十年十二月十三一日)の折、
「戒壇の大御本尊の御内証を、帯し奉って不肖日昇六十四世の法主として、御本尊様に信仰をそめておしたため申しあげている御本尊でございまする」
(『聖教新聞』昭和三〇年一二月一八日付)
と仰せられており、「慈折広布の御本尊」もその意義は同じである。そのお心を無視し、根源の戒壇の大御本尊を否定するという自己矛盾をどう説明するのであろうか。本宗御歴代上人の御書写された御本尊は、
すべて戒壇の大御本尊を御書写した御本尊であることを肝に銘ずべきである。
なお、創価学会が教義条項を改変した理由について、『学会要綱』では、
『聖教新聞』昭和30年12月18日付
「以前の教義条項は二〇〇二年に規定されたが、宗門との僧俗和合時代に信仰実践に励んできた会員の感情や歴史的な経過を踏まえ、この『一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊』とは『弘安二年の御本尊』を指すという説明は変更しなかった。しかし、宗門と決別して二十年以上が経ち、創価学会員の信仰観がさらに深まっていく中で、大聖人の仏法の本義の上から『本門の本尊』の定義を明確にし(中略)その上で広宣流布を阻む日蓮正宗の総本山にある『弘安二年の御本尊』は受持の対象としないことを明らかにしたのである」(一四九㌻)
と述べている。つまり、信仰の対象である御本尊という最重要の事柄について、破門後もしばらくは「会員の感情」や「歴史的な経過」によって弘安二年の本門戒壇の大御本尊を用いるとしてきたが、「創価学会員の信仰観がさらに深まっ」たので、「大聖人の仏法の本義の上から」、戒壇の大御本尊を「受持の対象としないことを明らかにした」というのである。この言は、過去の創価学会の在り方が「大聖人の仏法の本義」ではなかったと述べるものであり、あまりにも無慚(むざん)な話である。 事実は創価学会の謗法が増し、より「大聖人の仏法の本義」から外れていっただけのことである。
『学会要綱』の「発刊にあたって」の最後には、
「本書は、その創価教学の現時点における一里塚といえます (中略)今後も、世界の文化・思想や人類的諸課題を視野に入れ、学問的研究の成果も取り入れながら、時代とともに教学を発展させていくことは、世界に展開する教団としての責任であると考えます」 (五㌻)
と、今後も「時代とともに教学を発展させていく」と述べている。創価学会は、破門を「独立」、 教学の改悪を「発展」と言い換えて会員を欺(あざむ)いているが、真実を覆い隠すことはできない。
『学会要綱』では「現時点における一里塚」などと言っているが、そもそも宗教として、信仰の対象である本尊や教義が定まっていないということはあり得ない。
日蓮正宗の信徒団体として発足した創価学会は、破門以降、現在に至るまで本尊や基本的な教義を日蓮正宗に依存し、都合よく利用してきた。そのため次々に矛盾(むじゅん)をきたし、それを取り繕(つくろ)おうとしたのが、今回の『学会要綱』 なのである。
と述べている。つまり、信仰の対象である御本尊という最重要の事柄について、破門後もしばらくは「会員の感情」や「歴史的な経過」によって弘安二年の本門戒壇の大御本尊を用いるとしてきたが、「創価学会員の信仰観がさらに深まっ」たので、「大聖人の仏法の本義の上から」、戒壇の大御本尊を「受持の対象としないことを明らかにした」というのである。この言は、過去の創価学会の在り方が「大聖人の仏法の本義」ではなかったと述べるものであり、あまりにも無慚(むざん)な話である。 事実は創価学会の謗法が増し、より「大聖人の仏法の本義」から外れていっただけのことである。
『学会要綱』の「発刊にあたって」の最後には、
「本書は、その創価教学の現時点における一里塚といえます (中略)今後も、世界の文化・思想や人類的諸課題を視野に入れ、学問的研究の成果も取り入れながら、時代とともに教学を発展させていくことは、世界に展開する教団としての責任であると考えます」 (五㌻)
と、今後も「時代とともに教学を発展させていく」と述べている。創価学会は、破門を「独立」、 教学の改悪を「発展」と言い換えて会員を欺(あざむ)いているが、真実を覆い隠すことはできない。
『学会要綱』では「現時点における一里塚」などと言っているが、そもそも宗教として、信仰の対象である本尊や教義が定まっていないということはあり得ない。
日蓮正宗の信徒団体として発足した創価学会は、破門以降、現在に至るまで本尊や基本的な教義を日蓮正宗に依存し、都合よく利用してきた。そのため次々に矛盾(むじゅん)をきたし、それを取り繕(つくろ)おうとしたのが、今回の『学会要綱』 なのである。


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