【『学会要綱」の主張】
「『法華経』は、過去も現在も、そして未来もまた、釈尊こそがこの娑婆世界の衆生の救済者であるとするのである。これは、諸経典で尊崇されるさまざまな仏を釈尊へ統合するものである」(二八㌻)
「『法華経』において復活・蘇生した、万人の救済という釈尊の真意は、天台大師、伝教大師を経て、日蓮大聖人によって、末法の一切衆生を救う仏法として継承・確立されたといえる」(三六㌻)
「日蓮大聖人は、末法の衆生の救済を釈尊に代わって行う『末法の教主』」(四七㌻)
1、釈尊が主、大聖人が従とする学会の誤り
『学会要綱』では、日蓮大聖人を釈尊に代わって法華経を弘通した方であるとし、釈尊が主で大聖人が従であるかのように述べている。
また『学会要綱』では、
「末法の人々が成仏する方途は、大聖人が示された『南無妙法蓮華経』の三大秘法である。ゆえに、創価学会では、末法の万人成仏の法を明かした『教主』であるという意義から、大聖人を『末法の御本仏』と仰ぐのである」(九五㌻)
とし、この部分に注を付して、
「日蓮正宗の教学では、『御本仏』という表現には、日蓮大聖人が根本の仏であり、久遠実成の釈尊も、その仮現 (垂迹)であるという含意があるが、創価学会では、『末法という現在において現実に人々を救う教えを説いた仏』という意味で、大聖人を『末法の御本仏』と尊称する」(一八七㌻)
と述べ、創価学会では大聖人を「現実に人々を救う教えを説いた仏」という意味でのみ捉え、本宗における日蓮大聖人が久遠元初の御本仏であるという義を否定している。そのうえで「末法の御本仏」と称する理由について、
「日蓮大聖人は(中略)末法の万人成仏の方途を確立されました。この実践はすべての人に可能であり、仏教を真に万人に開かれたものとする画期的な意義を持つものでした。その偉業を尊崇し、創価学会では日蓮大聖人を『末法の御本仏』として仰いでいます」(三㌻)
「日蓮大聖人は、末法の衆生の救済を釈尊に代わって行う『末法の教主』として、あらゆ大難を勝ち越えて、末法の万人成仏の道を現実に開き残された。その偉業を仰ぎ、創価学会では、日蓮大聖人を『末法の御本仏』として尊崇する」(四七㌻)、
と、創価学会として大聖人の"偉業を尊崇"しての呼称であるという愚説を述べている。
これは久遠実成釈尊を根本とする釈尊本仏義であり、大聖人を「根本の仏」「末法の御本仏」そのものと拝してきた創価学会のこれまでの信仰を全否定するものである。
さらに『学会要綱』では、
「日寛教学には、御書に基づいて大聖人の仏法の本義を明らかにした日興門流の普遍的な部分と、大石寺が日蓮門下の正統であることを主張した時代的な制約のある部分が混在する」
(一四九㌻)
と、日寛上人の教学には普遍性のない、時代的に制約のある内容が含まれていると述べているが、日蓮大聖人が久遠元初の御本仏であるということについても「時代的な制約のある部分」と言いたいのであろう。その証拠に『学会要綱』では、「久遠当初」「久遠元初」等の文言を一切使用していない。
しかし、日寛上人が大聖人を久遠元初の自受用身であると示されたのは、『百六箇抄』等の御文を解釈されたものであり、日蓮大聖人・日興上人以来の御相伝の法門である。したがって、そこに「時代的な制約」などあるはずがない。
『学会要綱』がこれを否定するのは、大聖人とて凡夫であり、仏と衆生の間には本来能所の筋目などないと言いたいためである。これこそが創価学会のいわゆる「人間主義」であり、摧尊入卑(さいそんにゅうひ)の悪平等である。
本宗においては、『百六箇抄』に、
「久遠名字已来(いらい)本因本果の主(あるじ)、本地自受用報身の垂迹上行菩薩の再誕、本門の大師日蓮詮要す」(御書一六八五㌻)
とあり、また日寛上人がこの御文について 『文底秘沈抄』に、
「若(も)し外用(げゆう)の浅近(せんごん)に拠(よ)れば上行の再誕日蓮なり。若し内証の深秘(じんぴ)に拠れば本地自受用の再誕日蓮なり。故に知んぬ、本地は自受用身、垂迹は上行菩薩、顕本(けんぽん)は日蓮なり」
(六巻四九㌻)
と御教示のように、古来、御相伝の深義に基づき、日蓮大聖人の外用を上行菩薩の再誕、内証を久遠元初自受用身の再誕と拝すのである。まさしく大聖人こそ久遠元初の御本仏なのである。
「『法華経』は、過去も現在も、そして未来もまた、釈尊こそがこの娑婆世界の衆生の救済者であるとするのである。これは、諸経典で尊崇されるさまざまな仏を釈尊へ統合するものである」(二八㌻)
「『法華経』において復活・蘇生した、万人の救済という釈尊の真意は、天台大師、伝教大師を経て、日蓮大聖人によって、末法の一切衆生を救う仏法として継承・確立されたといえる」(三六㌻)
「日蓮大聖人は、末法の衆生の救済を釈尊に代わって行う『末法の教主』」(四七㌻)
1、釈尊が主、大聖人が従とする学会の誤り
『学会要綱』では、日蓮大聖人を釈尊に代わって法華経を弘通した方であるとし、釈尊が主で大聖人が従であるかのように述べている。
また『学会要綱』では、
「末法の人々が成仏する方途は、大聖人が示された『南無妙法蓮華経』の三大秘法である。ゆえに、創価学会では、末法の万人成仏の法を明かした『教主』であるという意義から、大聖人を『末法の御本仏』と仰ぐのである」(九五㌻)
とし、この部分に注を付して、
「日蓮正宗の教学では、『御本仏』という表現には、日蓮大聖人が根本の仏であり、久遠実成の釈尊も、その仮現 (垂迹)であるという含意があるが、創価学会では、『末法という現在において現実に人々を救う教えを説いた仏』という意味で、大聖人を『末法の御本仏』と尊称する」(一八七㌻)
と述べ、創価学会では大聖人を「現実に人々を救う教えを説いた仏」という意味でのみ捉え、本宗における日蓮大聖人が久遠元初の御本仏であるという義を否定している。そのうえで「末法の御本仏」と称する理由について、
「日蓮大聖人は(中略)末法の万人成仏の方途を確立されました。この実践はすべての人に可能であり、仏教を真に万人に開かれたものとする画期的な意義を持つものでした。その偉業を尊崇し、創価学会では日蓮大聖人を『末法の御本仏』として仰いでいます」(三㌻)
「日蓮大聖人は、末法の衆生の救済を釈尊に代わって行う『末法の教主』として、あらゆ大難を勝ち越えて、末法の万人成仏の道を現実に開き残された。その偉業を仰ぎ、創価学会では、日蓮大聖人を『末法の御本仏』として尊崇する」(四七㌻)、
と、創価学会として大聖人の"偉業を尊崇"しての呼称であるという愚説を述べている。
これは久遠実成釈尊を根本とする釈尊本仏義であり、大聖人を「根本の仏」「末法の御本仏」そのものと拝してきた創価学会のこれまでの信仰を全否定するものである。
さらに『学会要綱』では、
「日寛教学には、御書に基づいて大聖人の仏法の本義を明らかにした日興門流の普遍的な部分と、大石寺が日蓮門下の正統であることを主張した時代的な制約のある部分が混在する」
(一四九㌻)
と、日寛上人の教学には普遍性のない、時代的に制約のある内容が含まれていると述べているが、日蓮大聖人が久遠元初の御本仏であるということについても「時代的な制約のある部分」と言いたいのであろう。その証拠に『学会要綱』では、「久遠当初」「久遠元初」等の文言を一切使用していない。
しかし、日寛上人が大聖人を久遠元初の自受用身であると示されたのは、『百六箇抄』等の御文を解釈されたものであり、日蓮大聖人・日興上人以来の御相伝の法門である。したがって、そこに「時代的な制約」などあるはずがない。
『学会要綱』がこれを否定するのは、大聖人とて凡夫であり、仏と衆生の間には本来能所の筋目などないと言いたいためである。これこそが創価学会のいわゆる「人間主義」であり、摧尊入卑(さいそんにゅうひ)の悪平等である。
本宗においては、『百六箇抄』に、
「久遠名字已来(いらい)本因本果の主(あるじ)、本地自受用報身の垂迹上行菩薩の再誕、本門の大師日蓮詮要す」(御書一六八五㌻)
とあり、また日寛上人がこの御文について 『文底秘沈抄』に、
「若(も)し外用(げゆう)の浅近(せんごん)に拠(よ)れば上行の再誕日蓮なり。若し内証の深秘(じんぴ)に拠れば本地自受用の再誕日蓮なり。故に知んぬ、本地は自受用身、垂迹は上行菩薩、顕本(けんぽん)は日蓮なり」
(六巻四九㌻)
と御教示のように、古来、御相伝の深義に基づき、日蓮大聖人の外用を上行菩薩の再誕、内証を久遠元初自受用身の再誕と拝すのである。まさしく大聖人こそ久遠元初の御本仏なのである。
創価学会2代会長 戸田城聖氏
かつて創価学会第二代会長戸田城聖氏は、
「南無妙法蓮華経とは久遠元初の自受用報身如来、日蓮とはその久遠元初の自受用報身如来と同じ方です。ですから南無妙法蓮華経日蓮とあるのです。
南無妙法蓮華経仏とはすなわち日蓮なり、と読んでもいいのです」
(『戸田城聖全集』二ー三八㌻)
「日蓮大聖人様は凡夫のお姿です。凡夫のお姿ですから、人法一箇の久遠元初無作三身如来の生命として、そのご生命を人とし、南無妙法蓮華経を法としておしたためになったのです。ご自分は凡夫の姿ですから、この凡夫の立場において、久遠元初の無作三身如来の人法のお姿として拝するのはあたりまえです」(同一五三㌻)
と、大聖人が久遠元初の自受用身・御本仏であると、確信に満ちた指導を行っていた。 『学会要綱』では、こうした戸田氏らの過去の発言については、当時として、
「日蓮正宗の教義解釈を尊重」(一㌻)
したものであると言い訳している。しかし、大聖人が久遠元初の御本仏であるという戸田氏の指導が、日蓮正宗の信仰者たる戸田氏自身の信念に基づくものであることは誰の目にも明らかである。
なお、『学会要綱』では、
「大聖人は、末法の衆生にとって、仏種を下ろすことが成仏の修行の第一歩になると洞察し、その仏種こそ『南無妙法蓮華経』であるとされた」(六八㌻)
と、大聖人の下種の御化導が、「洞察」に基づくものであると主張している。
しかし、末法下種の南無妙法蓮華経とは、『御義口伝』に、
「此の妙法蓮華経は釈尊の妙法には非ず。既に此の品の時上行菩薩に付嘱し玉ふ故なり」(御書一七八三㌻)
「本尊とは法華経の行者の一身の当体なり」(同一七七三㌻)
と御教示のように、単なる釈尊の妙法ではなく、末法において大聖人が上行菩薩の再誕として所持される結要(けっちょう)付嘱の要法であり、その法体は大聖人が久遠元初の御本仏として証得された人法一箇の南無妙法蓮華経である。大聖人は末法の本未有善の衆生を成仏に導くために本因下種の妙法を説き出されたのであり、それは『学会要綱』でいう「洞察」などということとは全く異なっている。
2、「発迹顕本」に関する意義の改変
『学会要綱』では、
「二つの最大の難を乗り越える中で、大聖人は境涯の大転換を果たされた(中略)竜の口の法難・佐渡流罪の以前と以後(「佐前・佐後」とも称される)において、大聖人の立場が明確に転換していることが示されている(中略)それでは、大聖人は新たにどのような立場に立たれたのであろうか。 それは、釈尊から滅後悪世の弘通を託された地涌の菩薩、なかんずくその筆頭である上行菩薩としての役割を果たす立場である」(四三㌻)
と主張している。そして、
「大聖人御自身が、竜の口の法難を契機に、釈尊から『南無妙法蓮華経』を付嘱された上行菩薩の使命に立ち、自らその『南無妙法蓮華経』を覚知したという究極的な自覚に到達されたことを意味する」(七六㌻)
と説明している。
創価学会は、「発迹(ほっしゃく)顕本」の語を用いないばかりか、竜口の法難で明確に転換したはずの大聖人の立場を、「上行菩薩の使命に立ち」「究極的な自覚に到達し」などと、具体的な表現を避け、曖昧(あいまい)かつ不明瞭な説明で誤魔化(ごまか)している。
本宗における「発迹顕本」の意義について、日寛上人は『開目抄文段』に、
「故に知ぬ、『子丑(ねうし)の時』は末法の蓮祖、名字凡身の死の終わりなり。故に『頸(くび)を刎(は)ねられぬ』と云うなり。寅(とら)の時は久遠元初の自受用身の生の始めなり。故に『魂魄』等と云うなり(中略)名字凡夫の当体、全く是(こ)れ久遠元初の自受用身と顕われ、内証真身の成道を唱えたもうなり。故に佐渡已後に正しく本懐を顕わすなり」(御書文段一六七㌻)
と御指南であり、また『日蓮正宗要義』には、
「開目抄の魂魄とは久遠元初本仏のそれであり、上行菩薩の迹を払って直ちに久遠の本仏を顕わす末法の発迹顕本であった」 (該書一五七㌻)
「上行菩薩の自覚は既に宗旨建立のときに抱かれたのであり、竜の口の発迹顕本は上行菩薩の外用より内証久遠の仏としての凡夫日蓮の発迹顕本である」(同一八一㌻)
と説明している。
最近まで学会でも「発迹顕本」について、
「竜の口の法難によって凡身の迹を開かれて、久遠元初自受用報身如来という本地を顕されたことをいう(中略)この日蓮大聖人の発迹顕本の事実は、同時に日蓮大聖人こそ本因妙の教主・末法の御本仏であるという実証であり、久遠即末法が顕示された」
(『仏教哲学大辞典』第三版平成一二年刊)
と、本宗と同様の解釈をしていたのである。
ところが『学会要綱』では、竜口の法難は上行菩薩の役割を果たす立場を自覚されたにすぎず、「久遠元初自受用報身如来という本地を顕された」とか「本因妙の教主・末法の御本仏であるという実証」ではないとする。
そもそも大聖人は、竜口の法難によって初めて上行菩薩の自覚に立たれたのではない。
『御講聞書(おんこうききがき)』に、
「今末法に入(い)りて上行所伝の本法の南無妙法蓮華経を弘め奉る。日蓮世間に出世すと云へども、三十二歳までは此の題目を唱へ出ださるざゞるは仏法不現前なり。此の妙法蓮華経を弘めて終には本法の内証に引き入るゝなり」(御書一八四四㌻)
とあるように、大聖人は三十二歳の宗旨建立の時より、上行菩薩の再誕として結要付嘱の要法である久遠の本法を唱え出(い)だされたのである。
このように『学会要綱』では竜口の法難における発迹顕本の意義を改変したために、
「日蓮大聖人は、末法の衆生の救済を釈尊に代わって行う『末法の教主』として、あらゆ大難を勝ち越えて、末法の万人成仏の道を現実に開き残された。その偉業を仰ぎ、創価学会では、日蓮大聖人を『末法の御本仏』として尊崇する」(四七㌻)
「この『南無妙法蓮華経』の文字曼荼羅の御本尊は、大聖人の内面に確立された仏の覚りの境地を顕したものである」(七七㌻)
「創価学会では、日蓮大聖人を『末法の御本仏』と尊称している。日蓮大聖人は、単に釈尊から託された『南無妙法蓮華経』を弘める菩薩であるにとどまらず、仏と同じ権能を有して、末法の一切衆生を救う教えを説いた教主である」(九一㌻)
などと、一体、大聖人の立場が「上行菩薩」なのか、「末法の教主」「末法の御本仏」なのか、「仏と同じ権能を有する菩薩」なのか確定できず、支離滅裂なものとなっている。
そもそも『学会要綱』では、大聖人が上行菩薩の再誕であると明言せず、「上行菩薩としての役割を果たす立場」「上行菩薩の働きを行う者」 などと曖昧な表現に終始している。
大聖人の御書には、御自身が上行菩薩の再誕であることをはっきりと述べられている箇所は少ない。しかし、『学会要綱』(一七七㌻)でも引用している文永十一(一二七四)年十二月所顕の通称「万年救護(くご)本尊」の讃文には、
「大覚世尊御入滅後二千二百二十余年を経歴(きょうりゃく)す。爾(しか)りと雖(いえど)も月・漢・日三箇国の間、未だ此の大本尊有(ましま)さず。或(あるい)は知って之を弘めず、或は之を知らず。 我が慈父仏智を以
て之を隠し留め、末代の為に之を残したまふ。後五百歳の時、上行菩薩世に出現して始めて之を弘宣(ぐせん)す」(『日蓮正宗要義』一七一㌻)
とある。これこそ、大聖人御自身が結要付嘱の要法としての御本尊を弘通する上行菩薩その人であるとの明確な御教示である。この御文をどう読めば「上行菩薩の役割」 「上行菩薩の働き」などといったあやふやなことになるのであろうか。
なお、第五十六世日應上人は、御本仏大聖人を上行菩薩の再誕・垂迹に過ぎないと主張した要法寺の驥尾日守(きびにっしゅ)(一八四六 ~ 一九〇六)に対し、『弁惑観心抄』を著して、
「そもそも汝日守らは、宗祖をして単に上行の再誕、否(いな)、垂迹と唱えることを知るといえども、かつて久遠元初自受用身なることを知らず。汝は宗祖の外用を知るに似たりといえども、いまだかつて内証の深義を知らざるなり。しかるに、かえって我が門の正義を破す。言語道断の邪悪、責めても余りあることなり」(該書一〇二㌻)
と破折されている。その上で、上行菩薩には、①釈尊己身(こしん)所具の上行、②名異体同の上行、③久遠の古仏、の三義があり、さらに宗祖大聖人の御身にも、①凡夫の日蓮、②上行再誕の日蓮、 ③ 久遠本仏の日蓮、の三義があることを教示されている(同一〇七~ 一一一㌻)。
本宗においては、大聖人を内証の辺に約して、久遠元初の自受用報身・末法有縁主師親の三徳・本因妙の教主・南無宗祖日蓮大聖人と尊崇するのであり、これは不相伝家が知る由(よし)もない、本宗独歩(どっぽ)の極意なのである。
「南無妙法蓮華経とは久遠元初の自受用報身如来、日蓮とはその久遠元初の自受用報身如来と同じ方です。ですから南無妙法蓮華経日蓮とあるのです。
南無妙法蓮華経仏とはすなわち日蓮なり、と読んでもいいのです」
(『戸田城聖全集』二ー三八㌻)
「日蓮大聖人様は凡夫のお姿です。凡夫のお姿ですから、人法一箇の久遠元初無作三身如来の生命として、そのご生命を人とし、南無妙法蓮華経を法としておしたためになったのです。ご自分は凡夫の姿ですから、この凡夫の立場において、久遠元初の無作三身如来の人法のお姿として拝するのはあたりまえです」(同一五三㌻)
と、大聖人が久遠元初の自受用身・御本仏であると、確信に満ちた指導を行っていた。 『学会要綱』では、こうした戸田氏らの過去の発言については、当時として、
「日蓮正宗の教義解釈を尊重」(一㌻)
したものであると言い訳している。しかし、大聖人が久遠元初の御本仏であるという戸田氏の指導が、日蓮正宗の信仰者たる戸田氏自身の信念に基づくものであることは誰の目にも明らかである。
なお、『学会要綱』では、
「大聖人は、末法の衆生にとって、仏種を下ろすことが成仏の修行の第一歩になると洞察し、その仏種こそ『南無妙法蓮華経』であるとされた」(六八㌻)
と、大聖人の下種の御化導が、「洞察」に基づくものであると主張している。
しかし、末法下種の南無妙法蓮華経とは、『御義口伝』に、
「此の妙法蓮華経は釈尊の妙法には非ず。既に此の品の時上行菩薩に付嘱し玉ふ故なり」(御書一七八三㌻)
「本尊とは法華経の行者の一身の当体なり」(同一七七三㌻)
と御教示のように、単なる釈尊の妙法ではなく、末法において大聖人が上行菩薩の再誕として所持される結要(けっちょう)付嘱の要法であり、その法体は大聖人が久遠元初の御本仏として証得された人法一箇の南無妙法蓮華経である。大聖人は末法の本未有善の衆生を成仏に導くために本因下種の妙法を説き出されたのであり、それは『学会要綱』でいう「洞察」などということとは全く異なっている。
2、「発迹顕本」に関する意義の改変
『学会要綱』では、
「二つの最大の難を乗り越える中で、大聖人は境涯の大転換を果たされた(中略)竜の口の法難・佐渡流罪の以前と以後(「佐前・佐後」とも称される)において、大聖人の立場が明確に転換していることが示されている(中略)それでは、大聖人は新たにどのような立場に立たれたのであろうか。 それは、釈尊から滅後悪世の弘通を託された地涌の菩薩、なかんずくその筆頭である上行菩薩としての役割を果たす立場である」(四三㌻)
と主張している。そして、
「大聖人御自身が、竜の口の法難を契機に、釈尊から『南無妙法蓮華経』を付嘱された上行菩薩の使命に立ち、自らその『南無妙法蓮華経』を覚知したという究極的な自覚に到達されたことを意味する」(七六㌻)
と説明している。
創価学会は、「発迹(ほっしゃく)顕本」の語を用いないばかりか、竜口の法難で明確に転換したはずの大聖人の立場を、「上行菩薩の使命に立ち」「究極的な自覚に到達し」などと、具体的な表現を避け、曖昧(あいまい)かつ不明瞭な説明で誤魔化(ごまか)している。
本宗における「発迹顕本」の意義について、日寛上人は『開目抄文段』に、
「故に知ぬ、『子丑(ねうし)の時』は末法の蓮祖、名字凡身の死の終わりなり。故に『頸(くび)を刎(は)ねられぬ』と云うなり。寅(とら)の時は久遠元初の自受用身の生の始めなり。故に『魂魄』等と云うなり(中略)名字凡夫の当体、全く是(こ)れ久遠元初の自受用身と顕われ、内証真身の成道を唱えたもうなり。故に佐渡已後に正しく本懐を顕わすなり」(御書文段一六七㌻)
と御指南であり、また『日蓮正宗要義』には、
「開目抄の魂魄とは久遠元初本仏のそれであり、上行菩薩の迹を払って直ちに久遠の本仏を顕わす末法の発迹顕本であった」 (該書一五七㌻)
「上行菩薩の自覚は既に宗旨建立のときに抱かれたのであり、竜の口の発迹顕本は上行菩薩の外用より内証久遠の仏としての凡夫日蓮の発迹顕本である」(同一八一㌻)
と説明している。
最近まで学会でも「発迹顕本」について、
「竜の口の法難によって凡身の迹を開かれて、久遠元初自受用報身如来という本地を顕されたことをいう(中略)この日蓮大聖人の発迹顕本の事実は、同時に日蓮大聖人こそ本因妙の教主・末法の御本仏であるという実証であり、久遠即末法が顕示された」
(『仏教哲学大辞典』第三版平成一二年刊)
と、本宗と同様の解釈をしていたのである。
ところが『学会要綱』では、竜口の法難は上行菩薩の役割を果たす立場を自覚されたにすぎず、「久遠元初自受用報身如来という本地を顕された」とか「本因妙の教主・末法の御本仏であるという実証」ではないとする。
そもそも大聖人は、竜口の法難によって初めて上行菩薩の自覚に立たれたのではない。
『御講聞書(おんこうききがき)』に、
「今末法に入(い)りて上行所伝の本法の南無妙法蓮華経を弘め奉る。日蓮世間に出世すと云へども、三十二歳までは此の題目を唱へ出ださるざゞるは仏法不現前なり。此の妙法蓮華経を弘めて終には本法の内証に引き入るゝなり」(御書一八四四㌻)
とあるように、大聖人は三十二歳の宗旨建立の時より、上行菩薩の再誕として結要付嘱の要法である久遠の本法を唱え出(い)だされたのである。
このように『学会要綱』では竜口の法難における発迹顕本の意義を改変したために、
「日蓮大聖人は、末法の衆生の救済を釈尊に代わって行う『末法の教主』として、あらゆ大難を勝ち越えて、末法の万人成仏の道を現実に開き残された。その偉業を仰ぎ、創価学会では、日蓮大聖人を『末法の御本仏』として尊崇する」(四七㌻)
「この『南無妙法蓮華経』の文字曼荼羅の御本尊は、大聖人の内面に確立された仏の覚りの境地を顕したものである」(七七㌻)
「創価学会では、日蓮大聖人を『末法の御本仏』と尊称している。日蓮大聖人は、単に釈尊から託された『南無妙法蓮華経』を弘める菩薩であるにとどまらず、仏と同じ権能を有して、末法の一切衆生を救う教えを説いた教主である」(九一㌻)
などと、一体、大聖人の立場が「上行菩薩」なのか、「末法の教主」「末法の御本仏」なのか、「仏と同じ権能を有する菩薩」なのか確定できず、支離滅裂なものとなっている。
そもそも『学会要綱』では、大聖人が上行菩薩の再誕であると明言せず、「上行菩薩としての役割を果たす立場」「上行菩薩の働きを行う者」 などと曖昧な表現に終始している。
大聖人の御書には、御自身が上行菩薩の再誕であることをはっきりと述べられている箇所は少ない。しかし、『学会要綱』(一七七㌻)でも引用している文永十一(一二七四)年十二月所顕の通称「万年救護(くご)本尊」の讃文には、
「大覚世尊御入滅後二千二百二十余年を経歴(きょうりゃく)す。爾(しか)りと雖(いえど)も月・漢・日三箇国の間、未だ此の大本尊有(ましま)さず。或(あるい)は知って之を弘めず、或は之を知らず。 我が慈父仏智を以
て之を隠し留め、末代の為に之を残したまふ。後五百歳の時、上行菩薩世に出現して始めて之を弘宣(ぐせん)す」(『日蓮正宗要義』一七一㌻)
とある。これこそ、大聖人御自身が結要付嘱の要法としての御本尊を弘通する上行菩薩その人であるとの明確な御教示である。この御文をどう読めば「上行菩薩の役割」 「上行菩薩の働き」などといったあやふやなことになるのであろうか。
なお、第五十六世日應上人は、御本仏大聖人を上行菩薩の再誕・垂迹に過ぎないと主張した要法寺の驥尾日守(きびにっしゅ)(一八四六 ~ 一九〇六)に対し、『弁惑観心抄』を著して、
「そもそも汝日守らは、宗祖をして単に上行の再誕、否(いな)、垂迹と唱えることを知るといえども、かつて久遠元初自受用身なることを知らず。汝は宗祖の外用を知るに似たりといえども、いまだかつて内証の深義を知らざるなり。しかるに、かえって我が門の正義を破す。言語道断の邪悪、責めても余りあることなり」(該書一〇二㌻)
と破折されている。その上で、上行菩薩には、①釈尊己身(こしん)所具の上行、②名異体同の上行、③久遠の古仏、の三義があり、さらに宗祖大聖人の御身にも、①凡夫の日蓮、②上行再誕の日蓮、 ③ 久遠本仏の日蓮、の三義があることを教示されている(同一〇七~ 一一一㌻)。
本宗においては、大聖人を内証の辺に約して、久遠元初の自受用報身・末法有縁主師親の三徳・本因妙の教主・南無宗祖日蓮大聖人と尊崇するのであり、これは不相伝家が知る由(よし)もない、本宗独歩(どっぽ)の極意なのである。

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