四,『学会要綱』の本尊観を破す
【『学会要綱』の主張】
「日蓮正宗の教義解釈は、相伝(口伝)を重んじ、とくに江戸時代に日寛が形成した教学に依拠している。その日寛教学には、御書に基づいて大聖人の仏法の本義を明らかにした日興門流の普遍的な部分と、大石寺が日蓮門下の正統であることを主張した時代的な制約のある部分が混在する。 大石寺に伝わる『戒壇の本尊 (弘安二年の御本尊)』を他の御本尊よりも優れた究極の御本尊と位置づけて、それを強調したことは、後者に該当するものである。日寛は、『戒壇の本尊』を特別視して、三大秘法を合した『一大秘法』は本門の本尊であり、それゆえに『戒壇の本尊』を『三大秘法惣在の本尊』と名づけると主張した。 また、大石寺が授与する文字曼荼羅は『戒壇の本尊』の書写であるとした。 しかし、『戒壇の本尊」を特別な御本尊であるとする解釈は、大聖人の御書にも日興上人の著作類にも見られない説である。大聖人は多くの御本尊を顕されたが、それらの御本尊に優劣を定めるような教示は御書に存在しない。 教理的には本来、本門の本尊は『弘安二年の御本尊』に限定されるものではなく、末法の衆生のために大聖人御自身が顕された御本尊と、それを書写した御本尊は、すべて根本の法である『南無妙法蓮華経』を具現されたものであり、等しく『本門の本尊』である」(一四九㌻)
1.自語相違の本尊観
歴代会長による学会の従来の本尊観を列挙すれば、
○牧口初代会長
「御本尊の中、総与の御本尊と称して、大石寺に伝へられる大御本尊を信じ奉る者が正しい信者である」(『牧口常三郎全集』一〇 ー 一五一㌻)
【『学会要綱』の主張】
「日蓮正宗の教義解釈は、相伝(口伝)を重んじ、とくに江戸時代に日寛が形成した教学に依拠している。その日寛教学には、御書に基づいて大聖人の仏法の本義を明らかにした日興門流の普遍的な部分と、大石寺が日蓮門下の正統であることを主張した時代的な制約のある部分が混在する。 大石寺に伝わる『戒壇の本尊 (弘安二年の御本尊)』を他の御本尊よりも優れた究極の御本尊と位置づけて、それを強調したことは、後者に該当するものである。日寛は、『戒壇の本尊』を特別視して、三大秘法を合した『一大秘法』は本門の本尊であり、それゆえに『戒壇の本尊』を『三大秘法惣在の本尊』と名づけると主張した。 また、大石寺が授与する文字曼荼羅は『戒壇の本尊』の書写であるとした。 しかし、『戒壇の本尊」を特別な御本尊であるとする解釈は、大聖人の御書にも日興上人の著作類にも見られない説である。大聖人は多くの御本尊を顕されたが、それらの御本尊に優劣を定めるような教示は御書に存在しない。 教理的には本来、本門の本尊は『弘安二年の御本尊』に限定されるものではなく、末法の衆生のために大聖人御自身が顕された御本尊と、それを書写した御本尊は、すべて根本の法である『南無妙法蓮華経』を具現されたものであり、等しく『本門の本尊』である」(一四九㌻)
1.自語相違の本尊観
歴代会長による学会の従来の本尊観を列挙すれば、
○牧口初代会長
「御本尊の中、総与の御本尊と称して、大石寺に伝へられる大御本尊を信じ奉る者が正しい信者である」(『牧口常三郎全集』一〇 ー 一五一㌻)
創価学会初代会長
牧口常三郎氏
牧口常三郎氏
〇戸田二代会長
【「(南無妙法蓮華経とは)無作三身如来(むささんじんにょらい)すなわち根
本の仏様であり、永遠に不変の仏の御名をいいます。
末法にはいっては日蓮大聖人様であり、日蓮大聖人様御自身所有の、久遠元初(くおんがんじょ)のありのままの生命と力とを、大御本尊様にしたためられたのが、法本尊即日蓮大聖人様、人本尊です。すなわち人法一箇であります」
(『戸田城聖全集』二 ー 一一㌻)
「『余は二十七年なり』とは弘安二年十月十二日の総与の御本尊の出現をさしての御おおせであって、このおことばによって本仏出世の御本懐はこの御本尊の出現にある。世の不幸を救う一大秘法はこの本尊にありと信じなくてはならぬ」(同三一九六㌻)
「弘安二年十月十二日の御本尊様が、究極(きゅうきょく)中の究極の御本尊様なのです(中略)争う余地がない。絶対にない」(『大白蓮華』 昭和三四年三月号七㌻)
○池田大作
「大聖人の出世の本懐である一閻浮提総与(いちえんぶだいそうよ)の大御本尊が信心の根本であることは、これからも少しも変わらない」 (『聖教新聞』 平成五年九月一九日付)
以上のように、三代にわたる歴代会長は、本門戒壇の大御本尊を「出世の本懐」「人法一箇の御当体」「一大秘法」として尊崇し、信仰の根本とすべきことを指導してきた。同様の発言は枚挙(まいきょ)に暇(いとま)がない。特に池田の発言は、学会のいう破門以前の「僧俗和合時代」ではなく、破門後の指導であることに刮目(かつもく)すべきである。
既に学会は、平成二十六年に「大御本尊を受持の対象としない」と宣言し、大御本尊への信仰を放棄した。さらに今回の『学会要綱』では、大御本尊が根本の御本尊ではないと正式に表明するに至った。 一応、大聖人を御本仏と立てながら、出世の本懐たる大御本尊の特別な意義を全否定するという暴挙に出たのである。しかもその主張の根拠として、
「創価学会では(中略) 大聖人御自身が顕された御本尊と、それを書写した御本尊は、すべて『本門の本尊』と拝する」(八二㌻)
などと、御書のどこにも説かれていない御託(ごたく)を並べている。要するに学会の本音は、「御本尊はすべて等しい」と言いたいのである。
学会の主張の通りであれば、身延日蓮宗をはじめ他門の寺院所蔵の大聖人直筆の御本尊や、他門の僧侶、あるいは在家が書写した本尊でも、等しく「本門の本尊」として信仰の対象になり得ることになる。
またさらに、
「創価学会員が信仰の対象とするのは、日蓮大聖人の御遺命の広宣流布を事実の上で進め創価学会が受持の対象として認定した御本尊である」(同㌻)
と、どの本尊を信仰の対象にするかを、大聖人の仏法から退転した在家教団の学会が認定するというのだから、本末転倒、増上慢にも程がある。
このような荒唐無稽(こうとうむけい)な本尊観がまかり通る道理などない。 それは戸田二代会長の、
「弘安二年の十月十二日の大御本尊様のただ一幅なのです。 そこから、分身散体の方程式によりまして、ずうっと出てくるのです。 それから、ほかの本尊、どこのを拝んでも絶対にだめなのです。弘安二年の十月十二日の大御本尊様から出発したものでなとければ、法脈が切れてますから、絶対だめなのです」 (「戸田城聖全集』 四 ー 三五〇㌻)
との指導からも明らかではないか。今の学会は、自分達にとって都合が悪くなったという理由だけで、信仰の根本たる大御本尊を否定した。たがが外れた以上、教義・信条をコロコロと改変せざるを得ず、自分達が「永遠の師匠」と仰ぐ三代会長の指導をも否定せざるを得なくなったのである。
これについて、『学会要綱』では
「宗門と決別して二十年以上が経ち、創価学会員の信仰観がさらに深まっていく中で、大聖人の仏法の本義の上から『本門の本尊』の定義を明確にし、その上で広宣流布を阻む日蓮正宗の総本山にある『弘安二年の御本尊』は受持の対象としないことを明らかにした」
(一四九㌻)
などと嘯(うそぶ)くが、それでは大御本尊根本を指導していた歴代会長の信仰観は浅薄であり、れらは大聖人の本義ではなかったとでもいうのか。
破門からの約三十年、信仰の根幹である本尊観を根無し草のように改変する今の学会は、大聖人が
「諸宗は本尊にまどえり」(『開目抄』御書五五四㌻)
と仰せのままの本尊迷乱の邪宗教と言えよう。
【「(南無妙法蓮華経とは)無作三身如来(むささんじんにょらい)すなわち根
本の仏様であり、永遠に不変の仏の御名をいいます。
末法にはいっては日蓮大聖人様であり、日蓮大聖人様御自身所有の、久遠元初(くおんがんじょ)のありのままの生命と力とを、大御本尊様にしたためられたのが、法本尊即日蓮大聖人様、人本尊です。すなわち人法一箇であります」
(『戸田城聖全集』二 ー 一一㌻)
「『余は二十七年なり』とは弘安二年十月十二日の総与の御本尊の出現をさしての御おおせであって、このおことばによって本仏出世の御本懐はこの御本尊の出現にある。世の不幸を救う一大秘法はこの本尊にありと信じなくてはならぬ」(同三一九六㌻)
「弘安二年十月十二日の御本尊様が、究極(きゅうきょく)中の究極の御本尊様なのです(中略)争う余地がない。絶対にない」(『大白蓮華』 昭和三四年三月号七㌻)
○池田大作
「大聖人の出世の本懐である一閻浮提総与(いちえんぶだいそうよ)の大御本尊が信心の根本であることは、これからも少しも変わらない」 (『聖教新聞』 平成五年九月一九日付)
以上のように、三代にわたる歴代会長は、本門戒壇の大御本尊を「出世の本懐」「人法一箇の御当体」「一大秘法」として尊崇し、信仰の根本とすべきことを指導してきた。同様の発言は枚挙(まいきょ)に暇(いとま)がない。特に池田の発言は、学会のいう破門以前の「僧俗和合時代」ではなく、破門後の指導であることに刮目(かつもく)すべきである。
既に学会は、平成二十六年に「大御本尊を受持の対象としない」と宣言し、大御本尊への信仰を放棄した。さらに今回の『学会要綱』では、大御本尊が根本の御本尊ではないと正式に表明するに至った。 一応、大聖人を御本仏と立てながら、出世の本懐たる大御本尊の特別な意義を全否定するという暴挙に出たのである。しかもその主張の根拠として、
「創価学会では(中略) 大聖人御自身が顕された御本尊と、それを書写した御本尊は、すべて『本門の本尊』と拝する」(八二㌻)
などと、御書のどこにも説かれていない御託(ごたく)を並べている。要するに学会の本音は、「御本尊はすべて等しい」と言いたいのである。
学会の主張の通りであれば、身延日蓮宗をはじめ他門の寺院所蔵の大聖人直筆の御本尊や、他門の僧侶、あるいは在家が書写した本尊でも、等しく「本門の本尊」として信仰の対象になり得ることになる。
またさらに、
「創価学会員が信仰の対象とするのは、日蓮大聖人の御遺命の広宣流布を事実の上で進め創価学会が受持の対象として認定した御本尊である」(同㌻)
と、どの本尊を信仰の対象にするかを、大聖人の仏法から退転した在家教団の学会が認定するというのだから、本末転倒、増上慢にも程がある。
このような荒唐無稽(こうとうむけい)な本尊観がまかり通る道理などない。 それは戸田二代会長の、
「弘安二年の十月十二日の大御本尊様のただ一幅なのです。 そこから、分身散体の方程式によりまして、ずうっと出てくるのです。 それから、ほかの本尊、どこのを拝んでも絶対にだめなのです。弘安二年の十月十二日の大御本尊様から出発したものでなとければ、法脈が切れてますから、絶対だめなのです」 (「戸田城聖全集』 四 ー 三五〇㌻)
との指導からも明らかではないか。今の学会は、自分達にとって都合が悪くなったという理由だけで、信仰の根本たる大御本尊を否定した。たがが外れた以上、教義・信条をコロコロと改変せざるを得ず、自分達が「永遠の師匠」と仰ぐ三代会長の指導をも否定せざるを得なくなったのである。
これについて、『学会要綱』では
「宗門と決別して二十年以上が経ち、創価学会員の信仰観がさらに深まっていく中で、大聖人の仏法の本義の上から『本門の本尊』の定義を明確にし、その上で広宣流布を阻む日蓮正宗の総本山にある『弘安二年の御本尊』は受持の対象としないことを明らかにした」
(一四九㌻)
などと嘯(うそぶ)くが、それでは大御本尊根本を指導していた歴代会長の信仰観は浅薄であり、れらは大聖人の本義ではなかったとでもいうのか。
破門からの約三十年、信仰の根幹である本尊観を根無し草のように改変する今の学会は、大聖人が
「諸宗は本尊にまどえり」(『開目抄』御書五五四㌻)
と仰せのままの本尊迷乱の邪宗教と言えよう。




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